大陸打通作戦Ⅱ
「敵艦、和泉に接近しています」
「速度はおよそ40」
「ほう。逃げ切れはしないと」
和泉は最高で30ノット程度しか出せない。このままではいかなる砲弾でも破壊出来ないキエフが和泉に追いつくのは自明である。
「さて、どうしたものか」
「キエフに対して幾らかの艦で特攻を仕掛けるというのはいかがでしょうか?」
「特攻か。悪くはないが、最後の手段だな」
特攻ならば必ず勝てる。さしものキエフとて数千トンの飛行艦を食い止められはしないだろう。とは言え、特攻では必ず損害が出る。損害が出ない方法があるならそちらの方がいいに決まっている。
「では、やはり白兵戦に訴えましょう。こちらには6000程、白兵戦に対応出来る兵士があります。流石に押し潰せるでしょう」
「まあ、それが妥当なところだな。艦が失われるよりは若干の人命が失われる方がいい」
「閣下、そのようなことは…」
「戦術的にはという話だ。私とてこんなことで若者が死ぬのは不愉快に思う」
特にこの時代では、人命よりも駆逐艦の方が遥かに貴重である。心情的に死人を減らしたいというのは誰もがそう思っているのだが、勝利を絶対的な正義とした場合、人命を消費した方が良いのは自明だ。
「敵艦、本艦より80kmに接近」
「ああ。全艦、対空警戒を密にせよ」
こう議論している間にもキエフは動き続けている。キエフの武器は対艦ミサイルのみ。これほどまでの戦力差があれば、全てを撃墜することも容易いが、油断は大敵である。
「で、白兵戦か。それでいこいか」
キエフを沈める手段は、はっきり言って特攻か白兵戦しかない。それでどちらを選ぶかと言われれば、まあ白兵戦の方を選ぶだろう。
勝機は十分過ぎる程にある。前回は屍人と少数の部隊のみで突入した結果これを撃退され、キエフの乗組員の殺意の強力なのが窺い知れた訳だが、今回は兵士の数の桁が違う。
いくら優秀な兵士とて、人である。世の理を超えることは出来ない。一騎当千の兵士も不死身の兵士もこの世には存在しないのだ。
「各艦、震洋及び兵士を用意。今回は屍人は使わん。確実にキエフを仕留めよ」
兵士は準備済みだ。震洋の方も軽く点検を行うだけで良い。
「それと、クラミツハ、ネサクの2人も呼んでおこうか」
「え、あのお二人ですか?」
叡子内親王殿下は言う。その2人と言えば、正に前回キエフに突入した2人である。その2人に依頼するのはなかなか気がひけるというもの。
「あの好戦的な2人なら、報復の機会とでも思ってくれるでしょう」
「そう、ですかね?」
「では2人をここに呼んでおきますか」
そうして鈴木大将が2人を呼ぶと、数分後には艦橋を訪れた。相変わらず行動力のある2人だ。
鈴木大将は軽く事情諸々を説明した。
「なるほど。俺は復讐の機会なら大歓迎だぞ」
鬼面の男、ネサクは言う。こちらの方は問題なさそうだ。では相方のもの静かな女性、クラミツハはどうか。
「クラミツハさんは、どうですか?」
叡子内親王殿下は尋ねる。
「私は、行けと言われれば行きますよ。一応マトモな住環境を提供して頂いてる身ですし」
「その、貴女の半身を吹き飛ばした人がいるのですよ。嫌な思いはしませんか?」
「殿下、私は所詮は1人の兵士。兵士の心情など気にするものではありませんよ」
「しかし、私は、どの国の兵士でも人間として接したいと思っているのです」
叡子内親王殿下は賢明な様子で言った。クラミツハは少し驚いた顔を見せた。しかし、すぐにいつもの真顔に戻って言い返す。
「殿下、そんなことを考えていては、何も出来なくなりますよ。あらゆる行動は犠牲を伴いますから。ですが、兵士は皆祖国に殉じる覚悟を持っています。殿下のお気持ちは、寧ろ彼らの覚悟を踏みにじるものです」
「そ、そんな…」
「それが普通のことです。国の為に国民を殺すのは、国民国家としては極ありふれた判断です。何もおかしいことではありませんよ。それに、私は下半身を吹き飛ばされているのには慣れていますので、本当に心配は無用です」
「な、慣れている?」
「ええ。ですから何も気にしないで下さい」
クラミツハのこのジョークとも言えぬ何かは、確かに内親王殿下の気持ちを軽くした。例が少々特殊過ぎるのは問題だが、終わりよければすべて良しという。
そしてクラミツハとネサクはこの作戦に参加することとなった。敵にすれば悪魔のようだが、味方にすれば心強い者たちである。
「キエフ、60kmに接近」
「あくまで狙いは和泉か。敵が和泉に接近したところで震洋を順々に放ち、キエフを制圧する。それまでは我慢だ」
未だに双方一発の機関銃弾すら消費していない。キエフとて対艦ミサイルが容易に撃墜されることはわかっているのだろう。和泉に最接近し攻撃するつもりと見える。
「そろそろ作戦開始かな」
鈴木大将は言う。




