今後の戦略について
崩壊暦215年9月9日10:03
ジュガシヴィリ書記長が一世一代の賭けに出て戦争勃発を食い止めようとするも失敗。日本軍は既に軍事行動の予兆を見せている。ヴォルゴグラードは既に奪われている。
そんなクソッタレな状況下、ジュガシヴィリ書記長以下指導部による会議が始まった。
「ええ、まず、アラブ軍の戦力と日本軍の戦力の合計は、ほぼ我が国家人民軍と同等のものであります。日本軍は既に北米に大軍を送り込んでおり、少なくとも当面は、この状況が続くと思われます」
「初動が遅れただけで状況は悪くないということか」
「はい、書記長閣下」
アラブ帝国の奇襲にこそ対応出来なかったが、ソビエト共和国は広大である為、まだまだ縦深は残されている。遥か昔からのロシアの強みだ。まあ冬将軍は何の役にも立たないが。
「書記長閣下、まず私の私見から述べさせて頂いて宜しいでしょうか?」
と言ったのはジューコフ大将。
「構わん。言いたまえ」
「はっ。まず、この戦争は我が方に有利であります。何故ならば、我が軍には戦場を選ぶ自由があるからであります」
鈴木大将が指摘したそれは、ジューコフ大将も同じ考えを持っていた。
ソビエト共和国軍は国内を自由に動き回れるが、大日本帝国とアラブ帝国の間を各々の飛行艦隊が自由に動き回ることは出来ない。つまり、片方づつの殲滅が可能なのである。
「ふむ、つまり一時的に敵に共和国の都市を渡すというのだな?」
「場合によっては、そのようになることも否定出来ません」
「まあいい。その点に関しては、問題となることはなかろう」
「はっ。伝統的なやり方ですね」
肉を切らせて骨を断つという戦略は、帝政時代から今に至るまでロシアの国防の基本である。どんなに国土を奪われようと、最後に立っていた者が勝者なのである。総力戦とはそういうものだ。
「しかし、それ以外の方法のないと思うのだが、どうだね?」
全員同意見だ。わざわざこちらが敵の配置に合わせてやる必要はないのである。特に戦力が拮抗もしくは劣っている時には、各個撃破は戦術の基本なのである。
「ふむ、そうなると、今後どう戦力を振り分けるかを決めねばならん、ということか」
「書記長閣下、再び宜しいですか?」
「ああ、大将」
「私はこの際、現有の全ての艦隊戦力をアラブ帝国に向けることを提案します」
「何だと?」
ジューコフ大将が提案したのは、日本軍に対して東に配置していた艦隊を全て引き抜き、それらを以てアラブ帝国を一挙に叩こうという作戦である。当然、そのような無茶苦茶な作戦に非難の声が上がる。
「東部の住民を見捨てると仰るのですか?」
「国家人民軍の信頼が落ちるのでは?」
しかし、ジューコフ大将は毅然としてそれらに立ち向かう。
「まず東部を捨てるべきかという問題は、書記長閣下も問題はないと仰られた。そうですよね?」
「ああ。そう言った」
「加えて、最終的に勝てば問題はないでしょう。この作戦が成功すればアラブ帝国などものの数週間で落とせるでしょう」
確かに、一方面を完全に捨てて他の方面を処理するというのは、かなり大きな危険を伴う作戦である。
かつてドイツ第一帝政下において似たような策が実行されたことがあったが、失敗に終わっておる。それはフランスを速攻で落とそうと画策したものだったが、結局フランスは落とせず、泥沼の戦争に突入した。第一次世界大戦の話である。
しかし、昔とは前提が全く違うというのもまた事実。地上戦という概念が全く消え失せ、泥沼の戦争というものがそうそう起こらなくなったこの世界ならば、このプランが成功する公算もあるかもしれない。
「書記長閣下、如何しますか?」
「私か。成功が保証されるというのなら、作戦は直ちに実行されるべきだと考えるが」
「成功の可能性はほぼ確実だと考えます」
これについては参謀一同揃って賛成である。3対7で負ける筈はないし、既に3正面作戦を行っているアラブ帝国が増援を送ることはないだろう。よって、東部の相当な部分を犠牲にすれば、アラブ帝国を滅せることは自明である。
問題はその犠牲が許されるか否かという話であるが、書記長が賛成に回ると参謀らも徐々の賛成に回り始めた。名誉よりも勝利である。
「わかった。我らの目的は、最終的な勝者となることである。その為には、いかなる犠牲を払おうと構わない。よって、この作戦の実行を命ずる」
「はっ。直ちに準備を始めましょう」
後にジューコフ・プランと呼ばれるそれは、かくしてあっさりと決定されたものであった。




