次期攻勢作戦について
崩壊暦9月9日18:23
「大将閣下、大本営より書簡が届いております」
「ご苦労」
鈴木大将に届いたのは、つい先程決定されたソビエト共和国との継戦の報せである。もっとも、どうせすぐに知れ渡ること、わざわざ書簡などという形式にする必要もないと思われたが。
「なるほど。ついに大本営は世界大戦を始めたか…」
垣間見えた平和への道も、今や完全に閉ざされてしまった。アラブ帝国には水爆の一つや二つでも落としてやらんと気が済まない鈴木大将であったが、そんな感情は一先ず堪え、今は目の前の敵に集中することにした。
「直ちに将校団を集め、軍議を開くぞ」
「はっ。直ちに」
さて、会議は始まった。
「ええ、現下ソビエト共和国軍は7個飛行艦隊を保持。対して我々西方軍の戦力は4個でありますが、アラブ帝国の北方軍3個と合わせれば、戦力的には完全に拮抗しております」
まずは現状確認である。合計した戦力で言えば、両勢力の戦力は釣り合っている。しかし、これは必ずしも戦力的な同条件を意味する訳ではない。
「戦場を選べる以上、敵側が少なからず有利。まずはこれを念頭に入れて考えなばならんな」
鈴木大将は言う。
簡単に言えば、ソビエト共和国は7個の飛行艦隊の配置を自由に選べるのである。例えばアラブ帝国側に5個程をぶつけて各個撃破を行うなどの用兵も可能だ。
反対にこちらが南に3個、東に4個という配置を変更することは、不可能とまでは言わないが、かなりの困難を伴う。外交的な問題や、そもそも敵地で戦っているという条件の悪さが重なっている。
「ということは、アラブ帝国側との連携を図らなければならないということですね」
叡子内親王殿下は言う。
「ええ、その通りです。まずは彼の国の参謀本部や北方軍との通信体制を整えねばなりません」
「では…」
「はい。まあ楽なのは人を送って中継をさせるということになりますから、まずはそれから実行しましょう」
という訳で、最初の決定はアラブ帝国に使者を送ることであった。直ちに数名の士官がこれを任ぜられ、超音速機に乗ってアラブ帝国までひとっ飛びすることとなった。この件に関しては、まずはしばらく待つしかない。
「さて、次は、どこを攻めるかだが、これは自明だろう」
「クラスノヤルスクですね」
「その通り。北極の都市は無視でいく」
クラスノヤルスクは、ここイルクーツクから西に行ったところにある都市である。モスクワを目指すなら、これより北の都市は無視し、ただただ西に進めば良い。敵もここに守備隊を置くだろうから、北方の都市は事実上両軍から無視された格好となっている。
帝国軍は勿論それらの都市を孤立させる作戦を行っているが、侵攻の可能性はほぼ完全に否定されている。
「それで、まず今後の戦力についてだが、防御を基本としたいと思う」
「防御?」
「我々は攻撃側ではないのですか?」
鈴木大将の唐突な発言に、皆少なからず驚いた。
「つまり、我々は現占領地さえ維持できれば問題はないということだ。大本営の思惑はアフリカの切り崩しにあるだろうからな。あっちが落ちれば、自ずと戦争も終わる」
現在帝国陸軍は合計で10個艦隊を運用している。そして、対ソ戦に回された4個以外は全て北米に送られている。
こちらに戦力を集中することも出来る手前、こちらに最低限の艦隊しか寄越さないのは、北米からアフリカかヨーロッパへの集中攻撃を考えているからだと予想される。またアフリカかヨーロッパかであれば弱体なアフリカ帝国から叩くだろう。
つまり、あえてモスクワまで攻め込む必要はなく、ソビエト共和国軍はソビエト共和国内に貼り付けておけば西方軍の役目としては十分なのだ。
「では、クラスノヤルスクへの攻撃というのは?」
「まあ取り敢えず攻撃は仕掛け、上手くいけば縦深の確保に繋がるから良し、危なくなれば素直に撤退、そのくらいの心意気で臨んでくれたまえということだ」
「な、なるほど」
防御とは言え、本来の目的からして引き篭もっているだけというのも好ましくはない。ある程度は行動を示すことでソビエト共和国軍を少しでも多く国内に引き留めておくことが肝要である。
「閣下、使者がアラブ帝国占領下のヴォルゴグラードに到着しました」
「おお、早いな。流石だ」
ヴォルゴグラードまでは3000kmはあるが、超音速機にかかれば2時間とかからずに到着する。飛行艦隊とは全くもって比較にならない早さだ。
「向こうの様子はどうだ?」
「取り敢えずそれなりに友好的な対応ですが、それなりに困惑されているそうです」
「それもそうか。普通はもう少し準備をしてから送る」
この使者、アラブ帝国には何の通告もなく飛ばしたものである。彼らが困惑するのも無理はない。普通は事前に予定くらい伝えておくものだ。まあ、問題はなさそうだが。




