新兵器Ⅰ
崩壊暦215年8月25日12:34
「で、話とは何でしょうか?元帥閣下」
「ああ。それは、こいつについてだ」
チャールズ元帥は東條少将に小さな記録端末を見せた。一般家庭にも普及しているような型のものである。
「何が記録されているのですか?」
「中身は、ワシントン旧市街の基地から発掘してきた新兵器のデータだ」
「新兵器?お見せ頂いても」
「ああ。構わんさ」
チャールズ元帥は記録端末を渡した。東條少将はそれを自らのデバイスに挿し、データを確認する。
中身は設計図である。またご丁寧にも仕様書がちゃんと入っている。東條少将は技術者ではなく、設計図を見たとしても大したことはわからないので、仕様書の方を確認する。
「自在ヒト型戦闘攻撃機、ですか」
「ああ。そして、大昔の開発者はこれにイカロスと名を付けたらしい」
「イカロスとは、縁起が悪いです」
「まあ名前など何でもいいさ」
この新兵器は、簡単に言えば空飛ぶロボットである。飛行空母等から発進し、敵艦に乗り移り、それを破壊するとある。
まあ一部の状況においては極めて有効な兵器かもしれないが、一般的な戦闘攻撃機と比べれば機動性の低さは否めず、なかなか尖った兵器と言えよう。
そしてイカロスというのはギリシャ神話に出てくる背中に蝋の羽を付けて飛んだ男の名だ。一見この兵器にぴったりだと思えるが、この神話には続きがあり、天を目指したイカロスは太陽に近づき過ぎ、羽を溶かしてそのまま墜死したという。
「しかし、設計図があるとは言え、今から開発するとなると、時間がかかりますね。実戦テストの時間も含めれば、数年はかかるかと」
「まあこいつが新兵器だったら、そうだな」
「新兵器だったら?どういうことです?」
こんな兵器は見たことがないし、チャールズ元帥本人が新兵器と言ったではないか。
「簡単に言うとイカロスは、ヨーロッパ国のムスペルに改装を施したものなんだ」
「そんなことがあるのですか?」
ムスペルは欧州合衆国がベルリンに隠していた二足歩行兵器だ。しかし、それとアメリカで発見された兵器が互換性を持つというのは果たしてあり得るのだろうか。
「どうやら、同じ会社が旧文明時代のアメリカとヨーロッパに二股をかけていたらしい」
「な、なるほど…」
戦争している国のどちらにもものを売るとは、商売人とはそういうものなのか。
「つまり、ヨーロッパ国の協力さえ得られれば、この兵器は短期間で完成するということだ」
「なるほど。しかし、まずはこの兵器の有効性について考える必要がありますね」
「ああ、そうだな」
イカロスが有力な兵器であるかどうかは、究極的には作ってみないとわからないが、とは言えある程度は設計図からでも読み取れる筈だ。作ったところで大した価値もない兵器にリソースを割く訳にはいかない。
「戦闘攻撃機と言えば、取り敢えず神崎中佐でも呼んでおきますか」
「誰のことだ?」
「うちの航空隊長です」
何を言われるかわかったもんじゃないが、取り敢えず神崎中佐を呼んでみる。彼女はすぐに現れた。
「で、何の用でぇ…」
神崎中佐はチャールズ元帥を発見した瞬間口を噤んだ。
「ああ、君が、神崎中佐か?」
「あ、はい。どうも」
まあ取り敢えず東條少将は事情を説明した。
「これは、戦闘攻撃機なんて名乗れたもんじゃないですね。はっきり言って、我々の戦闘攻撃機と戦った場合、まるで相手にはなりません」
「遠距離からイカロスを飛ばすのは無理ってことか」
「はい。対空ミサイルにはある程度の防御があるようですが、戦闘攻撃機に対してはヘリコプター並みに脆弱かと」
まあある程度は予想がついていた。ヒト型戦闘攻撃機が固定翼機に勝てるわけがない。そんなのはSFの中だけである。
「では、中佐、イカロスの有用な使用法は思いつくか?」
チャールズ元帥は問う。
「そうですね…これを積んだ艦を敵艦に接近させ、至近距離で放てば、まあ有効ではあると思います。しかし…」
「危険過ぎるか」
「はい。少々無理があるかと」
それは言うなれば、飛行空母を敵艦隊に突っ込ませろと言っているようなものだ。特攻隊並みに危険である。はっきり言って、目的地に辿り着く前に沈められるだろう。
「だが、戦艦にイカロスを積んだらどうだ?」
東條少将は言う。確かに、戦艦とて幾らかの戦闘攻撃機を搭載することが出来る。そして装甲は空母より堅い。
「あり得なくもない、かもしれませんね。確かに…イカロスは搭載機数が多いし、戦艦ならば…」
神崎中佐は思索に耽り始めてしまった。東條少将とチャールズ元帥は暫く待つことにする。
「で、結論は?」
「かなり危険であることに変わりはありませんが、有効な打撃を与えるのは不可能ではないかと思います」
「どうやら作ってみる価値はありそうだな」
かくして、神崎中佐はイカロスの開発を一応認めてくれた。




