講和の斡旋役
崩壊暦215年8月25日09:23
「我々を講和の斡旋役に選ぶとは、日本もなかなか図太い」
「それを引き受けた大統領閣下こそ図太いですよ」
「はは。それもそうだな」
ここはサンパウロ。南アメリカ連邦が首都である。大統領というのは当然、ヴァルガス連邦大統領のことである。
南アメリカ連邦は、チャールズ元帥にも伊藤中将にも協力を要請されながら、ついに日和見を貫いた。当然、誰からもいい顔はされていない。だが、それが返って中立的な立場を期待される講和の斡旋役になるんは有利に働いた訳だ。
「で、取り敢えず双方の要求を持ってきたのがこれか」
「はい。その通りです」
「ふむ…」
大日本帝国の要求は、800億ライヒスマルク賠償金と、今後軍備を飛行艦隊6個までに制限すること。また現占領地を講和発効と同時に即座に返還するとある。
対してソビエト共和国の要求は、当然ながら現占領地の全面返還と、全ての戦争捕虜、鹵獲兵器の返還だ。
ヴァルガス大統領の私見としては、まずソビエト共和国側の要求を大日本帝国が跳ね除けることは考えにくい。問題はソビエト共和国が大日本帝国の要求を受け入れるかだ。
「800億マルクか。こりゃ相当デカイな」
ライヒスマルクに換算した場合、ソビエト共和国の国家予算は年間190億ライヒスマルクである。実に国家予算4年分以上が要求されている訳である。ソビエト共和国がそう易々とこれを受け入れるとは考えにくい。
「では、これを双方の相手国に送信し、予備会談の場所も用意してくれ」
「了解しました」
南アメリカ連邦はあくまで中売人である。彼等の会議には直接干渉しない。ただ少々の便宜を図るだけである。
この後、双方の外交官がサンパウロを訪れ、条件の交渉を行うだろう。それが済んだ後、大体首相くらいの人間がやってきて正式な講和会議を開き、晴れて両国は平和への道を歩むという訳だ。
さて、それから暫くして、また講和の条件が入ってきた。しかしそれは大日本帝国とソビエト共和国からのものではない。
「アメリカ帝国とアメリカ連邦亡命政府からです」
「おお。案外奴ら、やる気があるようだな」
大日本帝国の傀儡政権たるアメリカ帝国とアメリカ連邦亡命政府は、当然ながら極めて激しく敵対している。とは言え、諸々の政治的事情、具体的にはヨーロッパ国への配慮から、両国が直接対決を宣言したことはない。
結果、両者は非常に微妙な関係性のまま膠着状態にある。
アメリカ帝国はアメリカの完全な統一を、アメリカ連邦亡命政府は北アメリカ大陸に返り咲くことを目指している。それらは相反するものであって、それらが同時に完璧に叶えられることはない。
とは言え、これらはあくまで双方の理想である。双方ともその完璧な実現は目指していないだろう。妥協とは、このような状況を解消することを言う。
「どれどれ…」
アメリカ帝国の妥協案は、現亡命政府の関係者を全員アメリカ帝国の迎え入れるというものだ。
対してアメリカ連邦亡命政府の妥協案は、ニューヨークとワシントンを自治領とすることである。
アメリカ帝国の案は非常に現実的だ。関係者全員が幸せになって終わることが出来るだろう。だがアメリカ連邦亡命政府の方は非現実的に過ぎる。戦闘の結果アメリカを追われたというのに、それを再び返せというのは、現実的にも理論的にも無理がある。
「こいつは、どちらも妥協する気がないとしか思えんな」
「ですね。やはりチャールズ元帥は情熱家に過ぎます」
「ああ。私もそう思う。軍人としては素晴らしいことだが、政治家には向いてない」
しかし斡旋役は斡旋役だ。双方に適度に恩を売っておかなければならない。
「では、さっきと同じように案を送信、場所の確保を」
「了解です」
特にこの両者はことを秘密に進めねばならない。水面下の接触が露呈すれば、双方ともに権威を失墜させるハメになるだろう。その秘密を守るのも南アメリカ連邦の役目である。
その点では、ヴァルガス大統領が彼等に売れる恩は、大日本帝国とソビエト共和国に対するそれよりも大きい。
「しかし、戦争があってくれて本当に良かったな」
「盗聴されているかもしれないのですから、そういうことは仰らない方が宜しいかと」
「ああ。そうだな」
この戦争が始まって以来、南アメリカは各好戦国に軍需品を売捌きまくり、莫大な利益を上げている。またそうして単に国力が高まっただけでなく、講和の斡旋役として、国際的なプレゼンスも強化出来る訳だ。
南アメリカ連邦にとっては、この戦争はまさに天恵なのである。




