帝国国策大綱Ⅱ
「では次の議題に移りましょうか。ええ、次は欧州合衆国の処遇に関して、伊藤中将が決定を求めています」
山本中将は言う。
「まず彼の提案からです。ええ…」
次の議題はこの戦争に協同して参戦し、またアメリカ帝国への亡命を求めている欧州合衆国の亡命政権についてである。
これに関し伊藤中将が提案した方策は実に悪賢いものであった。
即ち、まずは彼らとの約束を守り、ニューヨークとワシントンを明け渡す。しかし両都市はアメリカ連邦の最後の都市であり、またルーズベルト皇帝がより良い暮らしを約束しているというのもあって、裏切りのようなヨーロッパ人の支配には相当な抵抗を持つと考えられる。
そしてそれをあえて放置すれば欧州合衆国は統治に困難を覚え、自ずと両都市を返還してくれるであろうと。大日本帝国は何もせずに欧州合衆国の影響力を排除出来るという訳だ。
「友邦を半ば裏切るというのか?」
陸軍大臣は問う。
「中将からの電文からは、そのように読み取れますね」
「いけ好かないが…より帝国の国益に適うものを選ぶとするならば、そうするべきか」
帝国は明文化された法に反するような悪はなさないが、道徳的な悪は、残念ながらなし得る。それが国家というものだ。
「私としては、この計画は全面的に賛同致します」
原首相は言う。全体的には穏健派の彼とは言え、首相としては国益の追求に邁進せざるを得ないのである。
その後、こちらも特別反対意見が出ることはなかった。そして再び天皇に裁可を求める。
「陛下、こちらにつきましては、宜しいでしょうか」
「良い。しかし条件をつける」
「はっ。何なりと」
「これを実行に移す時、決して人民に被害が出ぬようにせよ。罪のない市民を巻き込むのは、皇祖皇宗の遺範、我が民族の大道に反するものだ」
珍しい天皇御自らの言葉。それは意外にもアメリカ人の生命財産に配慮を払えというものだった。だが、それには納得出来ないものもいる。
「畏れながら、陛下、所詮はアメリカ人の命であります。その多少が失われようとも、帝国と大東亜の繁栄があらば、十分に帳消しに出来るかと」
陸軍大臣は言う。アジア人の命と比べればアメリカ人の命など軽いものであると。だが天皇は全く真逆の考えを持っている。
「それはならん。大臣も朕が意を良く体せよ」
「しかし、しかし何故でありましょうか?」
「人種による差別は、我らが最もなしてはならないことである。これは帝国が建国の時より先帝が戒めてきたことなのだ。それとも大臣は、我らを白人と同じような野蛮人に仕立てあげたいのか?」
「そ、そのようなことは、断じて御座いません」
「それで良い。帝国と大東亜の盟邦は、常に気高くあらねばならん」
「はっ。陛下の御心のままに」
白人が有色人種を支配し差別してきたのは紛れもない事実。しかし、それはアジア人が白人を差別していいという訳ではない。アジア人は彼らの野蛮に対し理性をもって相対するべきなのである。
「ええ、では、陛下、宜しいでしょうか」
「ああ。くれぐれも我が言の葉を忘れるでないぞ」
「はっ。現地部隊には厳命致します」
という訳で、この件は一件落着である。伊藤中将には計画実行の許可と但し書きが同時に送られた。
「ええ、続いての議題は、アフリカ問題についてです」
「また面倒な議題を」
アフリカ問題とはつまり、帝国の艦船を盗んで逃げた東條少将の一行と、アメリカ連邦軍の残党をどう遇するかについてである。今まではアフリカまで派兵する兵力がなかったが、今はそれなりの余裕がある。
「私は放置でよいと考える」
陸軍大臣は言う。
「てっきり大臣閣下は即時攻撃を提案すると思いましたが」
「私も流石にこれには反対だ」
「それはまたどうして?」
「アフリカを攻撃すれば、恐らくナチスも付いてくるだろう。全面戦争となれば、帝国は負けるだろう」
ナチス、つまりヨーロッパ国とアフリカ帝国は非公式ながらも強固な同盟関係にある。そして、もし大日本帝国とヨーロッパ国、アフリカ帝国が戦争に至った場合、大日本帝国の敗北はほぼ確定的である。あまりにも敵方の戦力が巨大過ぎるのである。
「私も、同じことを考えています」
「やはりか」
そして最終的にアフリカは放置ということで決定された。
これ以上の戦争は誰も望んでおらず、全ての戦争の終結が優先されたのである。後はこの提案をソビエト共和国が受け入れてくれれば戦争は終わり、帝国は事実上の一人勝ちをもぎ取れるのだ。




