混乱するNS
崩壊暦215年8月12日08:12
「総統閣下!大変です!」
「落ち着きなさい。どうしたのです?」
「そ、それが、チャールズ元帥が我が国への亡命を打診してきました!」
「亡命。なるほど。おおよその事情を察することは出来ます。まずは将校、閣僚を集めましょう」
「はっ!」
何の前触れもなく、しかも3個艦隊というそれなりの艦隊を従えての大亡命。これを即座に了承するのは、いくら独裁体制のライヒとは言え難しかった。
「私としては是非ともお受けしたいと思います。アメリカの友人は、我々に血と鉄を提供してくれました。今こそそれをお返しする時です」
ヘス総統の意向はこうである。かつてヨーロッパ統一戦争の時にアメリカ連邦軍には大きな借りを作っている。今こそそれを返す時であると。しかし、同盟の友誼だけでは語れないのが外交の世界である。
「総統閣下、畏れながら、それを易々と承諾する訳にはいきますまい」
老将軍ド・ゴール上級大将は言う。
「何故ですか?」
「彼等の亡命を受け入れれば、大日本帝国との戦争が勃発するかもしれません。仮にそうなった場合、恐らくアラブ帝国は大日本帝国に味方するでしょうから、真の第五次世界大戦が始まってしまうやもせれません」
世界中が戦火に呑まれているが、まだ世界は世界大戦と形容出来る段階には達していない。実際、アメリカ連邦が陥落した今、戦争状態にある列強は大日本帝国とソビエト共和国のみなのである。
しかしここでライヒと大日本帝国が戦端を開けば、恐らく全ての列強が参加する世界大戦が始まるだろう。それは総統の本意でもない筈である。
「では上級大将は、彼らとの友誼を捨て、世界の泰平を守れというのですか」
「はい。まさしくその通りです。これは酷い話ですが、アメリカ連邦軍の数万人と世界人民3億、どちらの方が重いでしょうか?」
「世界人民であるのは間違いありません。しかし私は、総統として、友を裏切るような真似はしたくないのです」
「どうか、そのお気持ちをお抑え下さい」
完全な独裁国家ならではの問題がここに浮上した。おおよその国はこれと同じ状況になった時、友を裏切るだろう。それが国益に適うからである。しかし総統の意思が最上位に立つこの国では、非常に人間的な感情が国政を動かし得るのだ。
それは慈善活動などにおいては強力な利点たり得るが、こういう情勢下では不利に働く。国益の為の不道徳な行為に枷が嵌められているのだ。
どこぞの民主主義の総本山ならば国益の為の戦争などいくらでもするだろうが、ヨーロッパ・ライヒではそうはいかない。
議論は平行線を辿った。しかし、ゲッベルス上級大将の言葉がその線路を破壊する。
「では、こういうのはどうでしょうか?」
「何ですか?」
「彼らには新生アフリカ帝国に亡命してもらうのです。我々はあくまで無関係。チャールズ元帥が勝手にアフリカに乗り込んだことにしましょう」
ヨーロッパでだめならアフリカで。簡単な提案である。だがしかし、そうは問屋が卸さない。
「アフリカ帝国でも、彼等が亡命したら結局は同じなのでは?」
まず第一の疑問。大日本帝国がアフリカ帝国を攻撃し、そのまま芋ずる式に第五次世界大戦が始まるのではないかと。そうなれば元の子もない。
「確かに、確かにその可能性はゼロではないでしょう。しかし、少なくとも我々の場合と比べて低いのは明らかです」
ライヒ軍と大日本帝国軍は実際に衝突こそしなかったものの、グレートブリテン島に事実上の敵同士として同時に存在したことはある。加えて、ライヒが全力で敵対する欧州合衆国亡命政府とやらは大日本帝国が匿っている。
そんな緊張状態のライヒと比べれば、アフリカ帝国の方が幾分かマシではあろう。
「そもそも欧州合衆国を匿っている大日本帝国に我が国が宣戦していない以上、奴等も宣戦はしてこないでしょう」
「どうやら、外交的な問題はないようです」
「ありがとうございます。総統閣下」
「しかし一つ重大な問題があります。アフリカにいる東條少将とチャールズ元帥はかつて戦争をしていた仲です。彼等を一緒にして大丈夫でしょうか?」
随分と前の話のように思えるが、大日本帝国とアメリカ連邦が戦争を始めた時、その嚆矢となったのは東郷大将率いる艦隊であり、東條少将(当時は中佐)はその幕僚であった。
彼等を引き合わせて大丈夫なのかという疑問である。
「まあそれは、確かに疑問です。ですがまあ、東條少将はいい奴ですから、きっと、何とかなるでしょう」
「流石に根拠が不十分ですが」
「失礼。真面目に言いますと、私が仲介役を務めます。彼等ならきっと和解出来るでしょう。それでいいですか?」
「上級大将がそう言うのなら、いいでしょう」
という訳で方針は決定された。ライヒはあくまで仲介役であり、それ以上は何もしない。チャールズ元帥には「自らの意思で」アフリカに向かってもらう。以上である。




