ニューヨーク近郊にてⅠ
崩壊暦215年8月11日09:45
「ニューヨークで一部民衆による暴動が発生したとのこと!」
「現地部隊は鎮圧に当たっていますが、既に重要拠点までが戦場となっているとのこと!」
「何なんだ、一体、これは…」
アイオワのチャールズ元帥のもとにはニューヨーク蜂起の報せが入っていた。現地部隊が現場の判断で対応を開始したようで、元帥としてはこれからも現場に任せるつもりだ。
しかし、その衝撃は大きかった。あのクソッたれのルーズベルトになびく奴等が少なくとも武装蜂起を起こせる程度には存在したとは。
「閣下、人というのは簡単に宣伝に流されるものです」
ハーバー中将は諭すように言う。
「だから何だ?」
「つまり、これが民衆の本来の意思ではなく、日本軍の宣伝に踊らせれている可能性は十分にあるかと」
「そんなことあるか?」
確かに宣伝は強力だが、とは言え、武装蜂起を起こさせるまでに人々を動かすことが出来るだろうか。チャールズ元帥には甚だ疑問であった。
「あり得るかと考えます。そもそも市民を先導し、世論を形成し、いかにも自らが国民の代表であるかのように振る舞うのは、歴代アメリカ大統領のお家芸でありましょう」
「それもそうだが…」
「本質的にはそれと同等なものなのです。我々が利用してきた手法が敵に利用されたと考えるべきでしょう」
アメリカでは特に強いが、それは民主主義国家の大半で見られることである。
まず大統領が意思を決定した後に世論をそれに沿うよう操作することで、外見上は大統領が市民の意思に従ったように見えるという訳だ。因みに、軍事的に強力な民主主義国家が帝国主義に走るのは、概ねこの理由による。
「なるほど…」
「後は、単に食料などの物資の不足による不満があったというのも一因でしょう」
「それを言わんでくれたら嬉しかったんだがな」
チャールズ元帥としては出来るだけ善政を敷いたつもりだったのだが。しかし、現実を正しく認識すべしという彼の良識は、みずからにも非があったと認める。
「よろしい。そういうことにしておこう。起こってしまったことの原因を探っても意味はない。今は目の前のことに集中しよう」
「はい。日本軍をここで撃滅しなければなりません」
まあ蜂起と言っても所詮は民間人のそれである。今は僅かな駐屯兵力故に苦戦しているが、飛行艦隊による火力支援、増援部隊によって鎮圧は可能であろう。
だが、されを実行するには無論、日本軍の飛行艦隊をここから追い払う必要がある。
また日本軍にも交戦の意思はあるようで、既にニューヨーク上空を離れこちらに接近してきている。
その距離は100kmを切っていた。
「閣下!日本軍より通信が入っています!」
「は?日本軍?まあいい繋げ」
何を血迷ったか、これから殺し合いをする相手から通信だと。まあ断る理由もない。どうせ降伏せよとでも言ってくるのだろうと思いつつ、チャールズ元帥は応答を始める。
だが、そのお相手は予想外の人であった。
「おはよう。チャールズ元帥。元気にしていたかね?」
相手は前アメリカ連邦大統領、或いはアメリカ帝国とやらの皇帝、ルーズベルトであった。
「これはこれは皇帝陛下。私はあなたを今すぐ処刑したいくらいには元気ですよ。陛下こそお元気なようで何より」
「それはどうも」
「それで?何を言いに通信など?」
「簡単だ。今すぐ降伏したまえ」
予想通りだ。そしてチャールズ元帥がその要請を受諾する筈はない。だが、それを見越してか、ルーズベルト皇帝はことばを続ける。
「当然、ただでとは言わない。ちゃんと対価も用意してあるとも」
「対価?」
「まず諸君の命は保証するというのと、希望する者は皆、我がアメリカ帝国軍に迎え入れる。特に、元帥、君には是非とも私の元で働いてもらいたい」
「ほう?どうしてそんなことを?」
命の保証はする、というのは使い古された常套句だが、ここまで待遇が良いというのは珍しい。そこまでして降伏して欲しいのだろうか。
「簡単だ。元帥と私の理想が一致しているからだ?」
「は?貴様と私のどこが一致していると?」
チャールズ元帥としては極めて不愉快であった。世界で一番消えて欲しい男に世界で一番言われたくないことを言われたのである。
「簡単だ。我々は二人とも、より良い国家を建設することを目指している。ただ少しの誤解があるだけで、少し話せば、我々は理解し合えるはずだ」
「貴様がより良い国家を目指しているだと?笑止千万だな」
この男は連邦を戦争に引きずり込み、不利と悟るや祖国を裏切った売国奴だ。
そして、チャールズ元帥は自分のことを高潔な人間だとは思っていないが、少なくともマトモな感性を持った人間だとは思っている。ルーズベルトなどとわかり合える筈はないのだ。




