交戦勢力の確定Ⅱ
それから程なくして、チャールズ元帥の本営に伝令と見られる兵士が勢いよく入ってきた。普通、元帥ともあろう人間にする態度ではないが、まあこの非常時、良しとしよう。
「チャールズ元帥閣下!ハーバー中将より伝令です!」
「何だ?良い知らせか?」
「はい!ソビエト共和国のジューコフ大将は、カナダ方面への奇襲を約束しました!」
「おお、素晴らしい。ハーバー中将が何とか言いくるめたか」
ジューコフ大将は基本的に善良な人間だが、その上にいるジュガシヴィリ書記長は、疑心暗鬼で気難しい性格だ。彼がソビエト共和国の即応体勢(主にヨーロッパ国に対して)を崩すことになるこの提案をこうも簡単に承諾するとは珍しい。
「はい。どうもジューコフ大将がジュガシヴィリ書記長の説得に協力してようです」
「なるほど。まあ何を言ったかは聞かないでおこう」
大方、戦後における共和国の影響力増大でも狙っているのだろう。アメリカ連邦はこれでソビエト共和国に絶大な貸しを作ることになる。そうなれば、戦後の講和会議がソビエト共和国の独壇場となるのは間違いない。
まあ勝てたらの話だが。
本来ならば仮想敵国の一つにも数えられていたソビエトに助けなど請いたくはないが、そうでもしないと独立の維持すら難しいとは、アメリカ連邦も随分と落ちぶれたものだ。
「しかし、これでも敵の方が優位であるのは変わらないか…」
ソビエト共和国は4個艦隊を対日前線に張り付けており、それを動かすのは非現実的だ。そうなると、残りの予備戦力3個艦隊を動かすことになる。
しかし、3個全てが動き、日本軍が3個艦隊を迎撃に回したとしとも、なお戦力は5対4で、かなりマトモにはなるが、まだ負けている。
「やはり決定的な要素が必要だな…」
決定的な要素。それはヘス総統の国家社会主義ヨーロッパ労働者党率いるヨーロッパ国の参戦である。ヨーロッパ国艦隊7個が一気に参戦すれば、こちら側の勝利は確実だ。
「君、ヨーロッパの方の話は聞いていないかな?」
「い、いえ。小官は何も聞いておりません」
「了解だ」
それもそうだ。ただハーバー中将か自分の足で歩くのを面倒くさがって出した伝令がそこまでの情報を持っている筈もない。
「では、他に用件はあるか?」
「いえ。伝達すべきことは以上です」
「では、退出してよろしい」
「はっ。失礼致しました」
さて、後はヨーロッパ方面の交渉に当たっているニミッツ大将からの報告を待つくらいだ。ドーズ大統領をついていかせる(公式にはドーズ大統領の訪問にニミッツ大将が随伴しているのだが)という荒業を使ってみたのだが、結果はどうなるだろうか。
そんなことを考えていると、チャールズ元帥の手元の電話がなった。その相手はニミッツ大将である。元帥は期待と不安を同時に抱きながらも電話を取った。
よく話す部下との会話だというのに、彼はやけに緊張していた。ヨーロッパ国の動きはアメリカ連邦の存続を左右するのだ。
「ニミッツ大将であります。先ほど、ヘス総統、ゲッベルス上級大将、ド・ゴール上級大将との交渉を終了しました」
「で、結果は?」
しかしニミッツ大将がこんな前置きをする時点で、結果は薄々察せられていた。
「失敗です。彼らは、参戦の要請については完全に拒否するとのことです」
「そう、か…だが、一応聞いておきたい。その理由は?」
これはヘス総統にも利益のある提案だ。わざわざ巣から出てきた欧州合衆国の残党を完全に滅ぼすことが叶う。ヨーロッパの統一は十分に魅力的な話だと思うのだが。
「彼らは、日本との戦争に至ることを恐れているようです。まだ国内も安定仕切っていない状態で全面戦争に至ることを」
確かに、それはそれで一理ある。しかし疑問は残る。
「今の日本軍はその全戦力を前線に投入して拮抗を保っている。ここでヨーロッパ国が参戦すれば、いとも簡単に崩れる筈だ」
日本軍は簡単に崩れる。つまり、ヨーロッパ国にかかる負担はかなり少ないもので済むだろう。はっきり言って、国が傾く程のものではない。それに、この流れならば、戦後に講和の主導権を握るのは間違いないヨーロッパだ。
「それが、アラブ帝国の参戦を招きかねないと、彼らは言っておりました」
「アラブ帝国か。しかし奴らが参戦するか?」
アラブ帝国は欧州合衆国残党の艦隊を含めて6個艦隊を保有している。確かにこれが参戦すれば戦力はほぼ拮抗するが、アラブ帝国が日本との同盟をそこまで重んじるかは疑問だ。
寧ろ瀕死の日本を背中から刺して戦後の地位向上を目指す方が現実的だろう。
「少なくとも彼らはそう判断したようです。そして、我々に、それに口を挟む権利はありませんから」
「確かにそうだ。これも無意味な議論だな」
ここでこの議論をしても何も変わらない。無駄な時間だ。
いますべきなのは、交戦勢力が事実上確定したことを受け、今後の戦略を策定することである。




