交戦勢力の確定Ⅰ
「文字通りです。アデナウアー大統領が、我が国東海岸への攻撃、ひいては、ワシントンなど主要都市の占領を決定したとのことです」
ニミッツ大将は酷く狼狽させられた声で言った。しかし、チャールズ元帥の方はいまいち事情が読み込めず、困惑した顔を浮かべていた。そして更に説明を求める。
「おかしくはないか?奴らがグリーンランドを出るということは、それはグリーンランドをがら空きにするも同然だろう?」
欧州合衆国が現在保有する戦力はたったの2個艦隊のみ。決して侮ってはならないが、少なくともその全てを出撃させなければ、体勢に影響を及ぼすことは出来ないだろう。
しかし、欧州合衆国は現在ヨーロッパ国と戦争の真っ最中である。ヨーロッパ国がグリーンランド攻めないのは恐らく国内の安定を優先しているからだろうが、とは言え、誰もいない土地を見たら流石に侵攻するだろう。
普通、同盟国への友誼を自国に唯一残った領土よりも優先するだろうか。
「それが、奴ら、ここに亡命しようとしているようなのです」
「亡命?さっき貴官は我が国への『侵攻』の準備を進めていると言っていたよな?」
亡命するのは同盟国の土地に対してだ。そして当然、亡命と侵攻を同じ国に同時に行うことは出来ない。つまり、ニミッツ大将の言葉は、そもそも情報が錯綜しているのか、自己矛盾に陥っていると考えられる。
「ええと、つまり、彼らはアメリカ帝国への亡命をしようとしているということです」
「なるほど…何となく読めてきたぞ…つまり我々を滅ぼしてその故地に亡命しようとしている、ということか」
「そういうことだと、思われます」
そうなるの、随分ナメられたものだ。アデナウアー大統領にとってはアメリカ連邦が滅ぶのは最早前提であり、連邦を併合した帝国に亡命せんとしているのだ。
「だったら、そんな欧州合衆国をこの手で滅ぼしてやろうじゃないか」
逆に言えば、ここでアメリカ連邦が生き延びた場合、グリーンランドを失った欧州合衆国は行き場を失い自然消滅する筈である。売られた喧嘩は丁寧に買ってやるのがアメリカ流だ。
「しかし、我々に勝利は…」
ニミッツ大将は滅多に見せない弱気な様子である。まあ確かに、日本軍の東方方面軍は6個艦隊で、欧州合衆国艦隊と合わせれば8個。それに対してアメリカ連邦艦隊は4個。見事にダブルスコアをつけられている。普通に考えて勝機は薄い。
「まあ、確かに、厳しいかもな…」
チャールズ元帥は低い天井を見上げた。
彼はもちろん神ではないし、人間の中でも万能の存在ではない。無限に比べればあまりにも小さい一人の人間に過ぎない。しかし、そんな中でもあらゆる可能性にかけ、あらゆら方法を尽くして勝利を勝ち取ろうとする人間でもある。
絶望というのは極めて無意味な感情だ。そんなものはさっさと忘れ、行動に移るべきである。
「まだ我々には味方がいるではないか。敵の敵が味方とすれば、ソビエト共和国と欧州合衆国は味方足りうるのではないかい?」
「確かに、我々が戦争から脱落するのは、彼らにとっても好ましくはないことでしょう。よって、その公算はまだ十分にあると思われます」
ハーバー中将は言う。特に大日本帝国と目下戦争中のソビエト共和国なら、第二戦線の崩壊を極めて恐れている筈だ。彼らなら協力してくれるかもしれない。
「しかし、仮にソビエトが協力してくれたとしても、何か出来るのか?」
ニミッツ大将は問う。
「と、言われますと?」
「奴らが仮に日本への攻勢をかけたとしても、日本には十分な縦深がある。最悪、今の占領地を失っても、我々を滅ぼすことを優先するだろう」
ソビエト共和国が出来ることいったら、大攻勢をかけて日本軍を西部に引き付けることぐらいだろう。しかし、究極的なところ、日本軍はそれを無視しても問題はないのである。
ソビエト共和国東部領土や中国を取られたところで、大東亜連合全体の生産力にさしたる影響は与えないし、アメリカ連邦を滅ぼした後にその戦力を西部に回せば、失った都市を奪回することは容易なことだろう。
まあ精々、これ以上敵が増えるのを防げることぐらいだ。ありがたいと言えばありがたいが、特別大きな利がある訳でもない。戦力差も2倍のままで変わらない。
「大将閣下は北極航路というものをご存知ですか?」
「北極?まさか北極経由でここに来てもらおうと言うのか?」
確かに、直線距離だとソビエトとアメリカはかなり近い。北極を通れば、モスクワとワシントンは案外すぐに往復できる。しかし、この時代、飛行艦隊が北極を通るのは、主に経済的な理由によって、非常に嫌がられている。それもかなり重度に。
「ソビエトには、『味方に来てくれない場合は大日本帝国に素直に降伏する』とでも言えば、まあ来るでしょう」
「き、汚いな、貴官は」
とは言え、打てる手は全て打っておかなければ。




