嫌がらせ作戦Ⅱ
両軍が戦端を開いてからおよそ2時間が経った。
「戦局は、膠着そのものだな」
チャールズ元帥は呟く。未だに、米艦隊は20ノットで後退中である。湖上要塞も、未だにその高射砲を使ってはいない。
また、両軍ともに前面の戦艦隊が砲火を続けているが、せいぜい威嚇にしかなっておらず、戦局は膠着に陥っている。
「はい。ですが、作戦の目的からすれば、現状維持が最善でしょう」
ハーバー中将は、あくまで冷静に、状況を観察する。
膠着状態とはいえ、米軍は、十八番の対艦ミサイル攻撃を続けており、僅かずつながらも敵に被害を蓄積させている。しかし、その蓄積も決定的な打撃とは言い難い。現状では、一隻たりとも戦列からは外れてはいない。
そんな時、ついに、膠着を破る知らせが届いた。
「ニミッツ大将より入電。日本艦隊攻撃において、高射砲の使用を許可されたし、とのことです」
高射砲を使用するには、もちろん敵に近づかなければならない。即ちこれは、突撃の許可を求める電信ということだ。
これまで、ニミッツ大将は、チャールズ元帥にとっては厄介な男であったが、意外にも、元帥に行動の許可は取るようだ。事前に一応の許可はしていたチャールズ元帥としては、少し驚いているのだ。
「案外、ニミッツ大将もいい奴なのかもな。まったく、政府が絡むと、問題ばかり起こるからな」
チャールズ元帥は、呆れたような独り言を発する。そして、命令を下す。
「攻撃を許可する。湖上要塞は、ニミッツ大将の指揮の下、日本艦隊を攻撃せよ」
アイオワから、その電信が届くとともに、5つの湖上要塞が徐々に後退スピードを緩めていく。湖上要塞は元の横陣を維持したまま、日本艦隊に近づく。
湖上と上空の動きが、見事に段々にずれていった。
しかし、湖上要塞の突然の動きにも、日本艦隊は確実に対応していく。その艦砲は湖上要塞に向けられ、その周囲に砲撃が集中していく。
さて、舞台は、その湖上要塞に移る。
「大将閣下、第三フロート高射砲、被弾しました」
案の定、日本艦隊の砲弾は、湖上要塞の一つに当たった。命中した部分からは、煙が上がっている。しかし、湖上要塞は普通の船である。そう簡単には沈まない。そして、その巨大さ故に、砲弾如きでは揺らがないのだ。
「そろそろ、分散しようか。プランDを実行だ」
ニミッツ大将は、次の指示をする。
そのプランDとは、5つのフロートで半円形の鶴翼の陣を作り、中心に日本艦隊に砲火を浴びせるものだ。
湖上要塞は、一斉に南北方向に散開し始める。日本艦隊は砲撃を続けているが、作戦に支障はない。
「よーし。全高射砲、撃て!」
その数瞬後、湖上要塞の数十の超える高射砲が一斉に砲弾を打ち上げた。すでに、日本艦隊の攻撃でやられた高射砲も幾つかあるが、それを引いても、十分な数が確保されていた。
前方と左右から、砲弾が日本艦隊を襲う。
「命中、17です」
「上々、と言ったところだな」
命中率はおよそ10%である。悪くはない値だろう。しかし、大半の砲弾は、日本艦の装甲に阻まれ、そのまま落下してきている。
下から打ち上げた砲弾の威力が弱いのは、物理の常識だ。なまじ、砲弾が重すぎるが故に、高射砲には向いていない。先人達は何を思ってこれを造ったのかと、疑問に思わざるを得ないものだ。弾かれた弾を除いた命中弾は、4、5発程度である。
その後も、高射砲は火を吹き続けた。その度、僅かの弾が、日本艦隊に損害を与えていく。
しかし、ついに敵も行動を起こした。
「敵、減速します」
敵からしたら、真下にいる湖上要塞は、さぞ攻撃しにくいだろう。まさに、灯台下暗しを地で行く状態だ。
故に、敵は、少し距離をとろうとしているようだ。
「もう1発撃ったら、こちらも後退だ。あまり、艦隊から離れないようにしよう」
ニミッツ大将は、撤退を指示した。
このまま日本艦隊を追えないこともないが、艦隊から無闇に離れれば、万が一を考えると危険と言わざるを得ない。また、このままでは、日本艦隊の的にされるだけである。
湖上要塞と日本艦隊は、互いに離れるように移動していく。
やがて、湖上要塞、米艦隊、日本艦隊の位置関係は、振り出しに戻るのだった。




