マダガスカル島沿岸の戦いⅡ
「しかし、普通の感覚からして、敵に突っ込んで死ぬというのは、受け入れがたいことでは?」
そう、それが世間一般の意見だ。しかしモントゴメリー大将は反駁する。
「ですが、どうせ敵機に撃ち落とされても死ぬのですよ。それは犬死にです。しかし、同じ死ぬにしても、敵艦を沈められるのであれば、それは栄誉の死と言えるのではありませんか?」
「確かに…間違ってはいない、いないが…」
「通常の手段で戦おうと、特攻で戦おうと、損害は同じです。ならばより高い戦果を得られるものを選択すべきでは?」
兵士の限られた命と資源を有効に使うという観点からすれば、特攻は最も優れた手段である。それは間違いない。
「それをやって、もし戦争に負けてしまったら、彼らの犠牲は何になるのですか?」
「確かにその場合は、彼らは無意味な死を強制されたと語られるでしょう。であるからには、我々の義務は、彼らの死を完全に活かすことではないでしょうか?議論はその点に尽くされるべきではないでしょうか?」
結局、勝者の自爆は戦場の美談であり、敗者の自爆は狂気の沙汰なのだ。特攻を行うからには、これを美談として語り継がねば、彼らの魂も浮かばれないだろう。
「そもそも兵士に生還の可能性のない作戦を命じるのが間違いではありませんか?やはり我々は、人間として、そのようなことは…」
「いいえ。間違いではありません。勝利は全てに優先されます。ただそれだけです」
「そうでしょうか?最早、ここまでして勝ち取った勝利に、価値は、あるのでしょうか?」
ついにその類いの発言が出てしまった。継戦そのものを疑う声が。またそれに同調する者もある。
そもそも、ここで局地的な勝利を得たとしても、大したことは起こらない。大陸への反攻はまず叶わないし、敵には無限とも言える戦力が控えている。
どんなにことが上手く運んだとしても、精々マダガスカル島の自治権を得られるくらいが関の山だ。それに価値はあるのかという疑問が出るのは笑内ことではない。
「少なくともそれは、あるだろう」
アガトクレス大統領は言う。
「どんなに虫の息でも、我々が生きている限り、いずれ反撃の機会が訪れるかもしれない。それが何十年先か、或いは何百年も先かもしれないがな。しかし、我々が死んでしまえば、その可能性は潰える」
所謂捲土重来というやつだ。とにかく地を這いつくばってでも生き延びることに価値がある。
「ありがとうございます。その点については、それが正しいようです。しかし特攻というのは…」
「そもそも我々軍人は、国家を守る為に存在しています。従って、特攻によって死ぬことも、何らおかしなことではありません」
「それはそうだが…」
どうも議論は平行線のままのようだ。極論、この議論は感情のぶつけ合いである。それに結論など存在する訳がない。もちろん、感情を消去するならば結論は決まりきっているが。
「しかし閣下はどうして急に特攻論者になったのですか?」
「私ですか?」
そう言えば、モントゴメリー大将は特攻の必要性を訴えていた訳でもないのに、その話が出た途端、特攻の肩を持ち始めた。
「私はそもそも、この会議が始まる前から、特攻の可能性について考え、同時に、これしか我々に実行可能な作戦はないと判断していました」
「でしたら何故、この会議を?」
「もしかしたら他の解決策が出るかもしれないと思ったからです。私とて、特攻以外のやり方があるならそれを選びます。しかしどうもそれは出そうもないので、当初の予定通り、特攻を行いたいと思っています」
この会議が始まってからというもの、特攻以外の有力な案が出たことはなかった。そしてこれからもないように思える。モントゴメリー大将は必要に迫られて特攻を提案しているだけなのだ。
「ではもう一度聞きましょう。特攻と同程度の有効性があり、なおかつ特攻よりマシなやり方が思い付く方はいますか?」
誰も何も言わない。
「決まりのようだな。不本意だが仕方ない。軍にはこの作戦でいくように命じよう。一応聞くが、反対の者は?」
「一つ宜しいですか?」
「何だ?」
「現場の兵士は、これを認めるのでしょうか?自分の命となると、合理的な思考だけでは行動出来ないと思います」
確かに、それが最も合理的とは言え、死ねと言われて素直に死ねる者などそうそういないだろう。
「その点に関しては、私が何とかしましょう。ご安心を」
モントゴメリー大将は言う。
「何とかなると言うのなら、そうして下さい」
「はい。当然のことです」
「まあ、何とかならなかったら、アンタナナリボは陥落で終わりだ。気を楽にしていてくれ」
その全く笑えないジョークと共に、この件についての議論は終了した。特攻は、決定されたのだ。




