マダガスカル島沿岸の戦いⅠ
崩壊暦215年7月18日08:23
「諸君、揃ったようだな。それでは作戦会議を始めよう」
ここはマダガスカル島のアンタナナリボ。今やアフリカ連邦共和国が保持する最後の都市である。
アガトクレス大統領やモントゴメリー大将などは艦隊を犠牲に無事避難し、ここまでやって来た。
「モロニに集結した敵艦隊は4個、また欧州より増援と思われる艦隊を確認しています」
モロニというのは旧コモロの首都であり、コモロというのはアフリカ大陸とマダガスカル島の間に位置していた国家である。そしてその立地故、自由アフリカ軍の前線基地となっている。
「また、その増援ですが、ロンドン砲が3門混じっているのが確認されました」
議場はざわめく。欧州合衆国をグレートブリテン島から追放したあの砲が、ついにアフリカに向けられようとしているのだ。
「まずは、このロンドン砲への対応を考えねばなりません。でなければ、我々の陣地は悉く破壊されてしまいます」
モントゴメリー大将は残酷な現実を告げた。マダガスカル島は確かに重武装されているが、それはあくまで通常の飛行戦艦に対するもの。射程もそれに準じている。
よって、マダガスカル島に存在する如何なる砲台も、ロンドン砲に対抗することは出来ない。
「加えて言うならば、通常、このような状況は飛行艦隊を以て打開すべきですが、我々にはもう1個艦隊の戦力すら残されていません」
「具体的には?残った戦力はどのくらいなのですか?」
「ええ、飛行戦艦が1隻、巡洋艦が3隻、駆逐艦が6隻、戦闘攻撃機が325機であります」
「ということです」
あまりにも、あまりにも末期的な戦力だ。唯一マトモなのは戦闘攻撃機の数だが、空母が残っていないことによって展開能力が欠如しており、また敵は最大でこの4倍の戦闘攻撃機を保有している。
「戦闘攻撃機の航続距離の半分が、実質的に行動できる範囲となります。またそれはこのようになっています」
「なるほどな…」
メインスクリーンに映されたのはマダガスカル島と周辺の地図であり、そこにアンタナナリボを中心とする円が投影される。だが、その円はマダガスカル島の端に辛うじて届く程度もものでしかなかった。しかもそれはアフリカ大陸の反対側である。
「つまり、戦闘攻撃機はそもそも沿岸の貿易には参加できません」
「すると、あの貧弱極まる艦隊だけで何とかしないといけないということか」
「はい。その通りです」
しかし、それが何の可能性も持っていないことは明らかだった。こちらは合わせて12隻、相手は最低でも130隻はあるだろう。彼のアレクサンドロス大王ですら5倍が限界であったし、それも彼我の質の差が巨大であったからこその勝利であったのだから、勝利などまるで見えない。
「ロンドン砲さえ沈めれば、か」
「はい。しかし敵もそれは分かっているはず。ロンドン砲は最大の防御で守られていることでしょう」
「だろうな」
結局、こんなに多くの人間が集まっても、誰も何の提案も出来なかった。しかし、ついに一つの案が出た。
「特別攻撃、特別攻撃によって、ロンドンを破壊するというのは、どう、でしょうか」
それは最終手段だった。思い付いた者は恐らくいたが、誰もそれに触れはしなかったのだ。モントゴメリー大将も、実はこの可能性を考慮していた。
「確かに、自爆となれば、航続距離は実質的に倍。マダガスカルの端まで到達することが出来ます」
「だが、それだと沿岸の砲台はどの道破壊されるのではないか?」
「はい。ですが、その点に関しては、アンタナナリボ周辺の砲台が残っておりますので、問題はありません」
少なくとも合理的に考えれば良い作戦と言える。しかし、当然、それを忌避する者も大勢いる。
「兵士達に自爆で死ねと言うのか?」
「流石に非人道的に過ぎる」
「世論は反戦、それこそ降伏に傾いてしまうのでは?」
会議は完全に罵倒の嵐に呑まれた。また、それは現状で取り得る策がこれしかないことの裏返しでもある。
皆、理解しているのだ。特攻か降伏かしか道はないと。
「お静かに!」
モントゴメリー大将は叫んだ。
「そんなに特攻が嫌でしたら、代替案をご提示下さい。全てそれで解決する話です」
そして、ついに誰も答えられなかった。
「我々は認めなければなりません。最早我々に残された手立ては特攻だけであると」
「しかし、やはり我々がそのような非人道的なことをするのは…」
「しかし、『人道的』とはどういう意味なのでしょうか?それを定義せねば、話は進みすまい」
モントゴメリー大将は言う。確かに、人道的という言葉はあまりにも曖昧だ。
「もし、人道的という言葉が、最も高貴な存在である人命の失われる数を最小限に抑えることを意味するのなら、特攻こそ最も人道的と言えるのではありませんか?」
それは恐らく詭弁だった。しかし同時に論理的な誤りはないのだ。




