ロンドン砲
「なるほど。ロンドン砲を貸して欲しいと」
ゲッベルス上級大将はそう応えた。
「はい。単刀直入に聞きましょう。貸して頂けますか?」
東條少将は問うた。
「困りましたね…実のところ、私にそれを決定する権限はないのですよ」
「権限がない?と言うと?」
それは妙だ。ゲッベルス上級大将はヨーロッパ国軍の事実上の最高司令官であり、彼の号令があれば群は如何様にも動ける筈である。
「まあ、私としては貸してもいいと思うんですが、簡単に言うと、あれは政府の所有物なのです」
「政府?」
それも妙だ。普通、武器弾薬その他の軍需品は軍が購入し軍が使うものである。確かにその軍に予算を下ろすのは政府だが、だからといって兵器が政府の所有物となることはあり得ない。
「ええ。理由は、まず第一に、あれの戦略的価値です」
「ロンドン砲が政治的に強力過ぎるということですか」
「その通り。ロンドン砲は、攻撃側が対ミサイル防衛を怠らない限り、防衛側には一切の反撃が不可能な兵器です。特にこの時代においては、あまりにも強力だ」
「なるほど。それが軍のものとなるのを防ぎたいと」
根本的にはロンドン砲がベルリンに向けられる事態を恐れているのだろう。軍がクーデタを起こした時、それをされたら、政府は何の反撃も出来ない。そもそもクーデタによって成立した政権なだけに、それへの恐怖心は巨大なのだ。
「そして第二の理由は、ヘス総統閣下が、ロンドン砲を気に入っているからです」
「は?」
「文字通りの意味です。この国では総統の言葉は絶対ですからね」
それは厄介だ。合理的理由ではなく個人の感情によって行われた行為に介入するのはかなり面倒くさい。
「まあつまり、総統に許可を得なければ、ロンドン砲を貸すとこは不可能だと思って下さい」
「わかりました。それと、ロンドン砲についと、幾らかの質問があるのですが、宜しいですか?」
「ええ。私の答えられる範囲なら」
ロンドン砲について自由アフリカが得ている情報はほぼない。恐らく、一般市民が噂に聞くような内容と大差はないだろう。
「ます、ロンドン砲の最大射程はどのくらいですか?」
「およそ300kmです」
それではアフリカ大陸からマダガスカル島を砲撃することは不可能だ。
「…なるほど。次に、ロンドン砲を空中で使用することは可能ですか?」
「可能、と言えば可能ですね。しかし、命中率が著しく低下することはやむを得ないかと」
「そうなると、砲弾の調達が厳しくなりますね」
「確かに。ロンドン砲は砲弾だけでも数十tありますから」
マダガスカル島をその沿岸から砲撃することは不可能ではないようだ。砲弾の調達さえ何とかすれば、一切の反撃を受けずにマダガスカルを攻略出来るかも知れない。
「ありがとうございました。では結果が出ましたら、再び連絡します」
さて、次はヘス総統と通信しなければならない。彼女の意向によってアフリカ統一戦争の成否は決まるのだ。
「事情は理解しました。しかし、やはりロンドン砲の機密が漏れるのは看過しかねます」
「やはり、そうなりますか…」
交渉は早速打ち切られそうだった。しかしそこでハンニバル大佐が妙案を口にした。
「でしたら、ロンドン砲の制御をするのも、ここに運ぶのも、全て貴国の軍隊に任せればよいのではないでしょうか」
ロンドン砲に自由アフリカ軍が関わらなければいい。こちらは目標だけを支持し、他は全てそっちに任せると。
「なるほど…確かにそれならば、問題もありませんね」
「その条件ならば、どうでしょうか?」
「わかりました。それが保証されるなら、ロンドン砲を貸与することに同意します。軍にそれを用意するよう連絡しますから、暫く待っていて下さい」
「ありがとうございます」
東條少将は深々と頭を下げた。案外うまくいったらしい。
その後ゲッベルス上級大将から通信がかかってきた。
「総統閣下から聞きました。そして軍も同意しました。よって、これからロンドン砲をそちらにお届けします」
「ありがとうございます」
「それと、そちらには私が向かうことになりましたので、仲良くしましょう」
「え?」
ゲッベルス上級大将がわざわざアフリカの最南端まで来るという。訳がわからないのだが。
「私も暇なんですよ。合衆国の残党はド・ゴール上級大将にお任せして、戦いたいんですよ」
「なるほど。まあそういうことなら」
「ええ。ではまた、今度は直にお会いしましょう」
「楽しみにしていますよ」
確かにゲッベルス上級大将がいれば殆どの判断がその場で出来るのだが、如何せん彼は東條少将より階級が高い。どうも面倒なことになりそうだ。




