最終決戦Ⅲ
崩壊暦215年7月11日04:18
20世紀の終わりごろにテレビゲームというものが発明されて以来、子供達の多くはそれに夢中であり、その傾向は400年近くを経た今でも大して変わりはしない。まあ有史以来6000年経っても人類の精神的レベルはほぼ進化していないし、不思議なことではないが。
さてゲームの中には戦略ゲームという種類のものが存在する。兵士や兵器の一つ一つの動きをシミュレーションし、いかにも本物らしい戦争や戦闘を楽しむものだ。
そこで敵の将軍の首を取れという任務が言い渡されたとしよう。
正攻法は、まず敵軍を壊滅させ、その後に将軍の首を優々と取りにいくというものだ。将軍というのは敵軍が最も良く守る存在であり、敵軍そのものを消さなければ、そこに辿り着くことは困難である。
とは言え、そのゲームのルール上は敵軍を壊滅させる必要はない。敵将の首さえ撮ればよいならば、ある意味ルールの間隙を突いた作戦も立てられる。
例えば、敵軍などものともせずに、自軍の犠牲も顧みずにその首に突進するなんとこともアリだ。自軍と敵軍の戦力差が少ない場合、それは現実においても可能である場合が多い。
但し、それはゲーム的に成功であっても戦術的には敗北である。敵軍の統制が致命的に崩れない限り、組織的戦闘能力を喪失した自軍は後に殲滅される筈である。
そういう訳で、このような杜撰な作戦は、戦略ゲームの中では一つの解であるが、現実ではあまりにも非現実的である。何故かというと、近代の軍隊における将軍はいくらでも代替可能なパーツに過ぎないからである。
だが、もし現実においても敵将の首さえ取れば勝利となる場合があったとしたら、どうだろうか。例えばその者が国民的英雄や国家元首であった場合だ。
その時、先に述べたような非現実的な作戦も現実味を帯びてくる。特に、継戦能力が絶望的な軍隊ならば、ジリ貧になるよりはそれを選ぶかもしれない。
少なくともアフリカ連邦共和国軍はこの作戦を選んだ。全てを捨て、敵の旗艦、戦艦大和を沈めるのだ。そこに乗る東條少将さえ殺せば、自由アフリカ軍は動揺し、ヨーロッパ国との連携も危うくなるのだ。
「何故だ!何故大和は落ちない?!」
モントゴメリー大将すらこの有り様。途中までは上手くいっていた、完璧だったのに、いくら撃ってもどうして大和は落ちないのか。
「艦隊より、これ以上の抗戦は不可能との連絡が…」
「知らん!まだ生きている限り大和を撃て!」
「了解…」
しかしモニターに映し出されるのは着々と沈んでいく艦隊。既に用意した艦艇の半分は消え去ってしまった。
「モントゴメリー大将!もう止めろ。これ以上何をしても無意味なことくらい、私にも判る」
ついにアガトクレス大統領が口を出した。モントゴメリー大将が最早狂乱のままに攻撃を命じているのは明らかであった。
「しかし、艦隊はまだまだ残っており、継戦は可能なのです!」
「止めろと言っている!」
「いいえ!閣下は何もわかっていない!」
「いいや。いいか、ここまでして沈まなかった大和をただでさえ減った艦隊でどう沈めようと言うんだ?」
こちらの火力は減少し続けている。最大の火力を以てしても沈められられなかった大和を沈めるのが不可能だというのは、簡単な数学的思考によって理解出来る。
「偶然に大和の急所をつき、沈められるかもしれません!とにかく、撃たなければ何も起こりません!」
「正気か、お前は…ならば、大統領命令によって、全艦隊に降伏を命じる。大将に拒否権はない。総員、やってくれ」
「閣下!軍への介入が何を意味するかご存知か!?」
その瞬間、モントゴメリー大将は拳銃を取り出し、アガトクレス大統領に向けた。後ろの官僚の方からは情けない恐怖の声が聞こえる。
「大将こそ、軍が政府に刃向かうことが何を意味するかわかっているのか?」
例え拳銃を突きつけられようと、アガトクレス大統領は逃げも隠れもしない。ただモントゴメリー大将と向き合っている。
「政府が軍に介入した結果起こった悲惨な出来事については、閣下もご存知の筈。ならばここで何をすべきか、すべきでないかもわかる筈です」
「根拠が弱いぞ、大将。それはあくまで慣例に過ぎない。私は完全に軍の最高司令官であって、大将に命令を強制することが出来る」
「ですが!…国家の守護こそ兵士の務め。それに抗うものは大統領閣下であろうとも誅するものです」
「それは確かに正しい。だが私はもう抗戦は無意味だと言っている。これ以上の抗戦はただ無駄に人が死ぬだけだ。後を見たまえ」
「後ろ?」
モントゴメリー大将は、拳銃を大統領に向けたまま、ゆっくりと振り返った。




