破綻
崩壊暦215年7月8日23:45
舞台はアフリカ連邦共和国が首都、ケープタウン。その地下壕。
もう3日間もここで動かず戦況を見つめているのだ。誰もが少なからず憔悴している。
「最早これまでのようです。申し訳ございません」
モントゴメリー大将は並みいる官僚や将官に深々と謝罪した。ただでさえ重い空気が更に絶望的な様子となった。
当初の彼の作戦では、敵の補給を絶った上で敵の攻勢を誘引し、そこを一気に叩く算段であった。そしとその起死回生のプランは、半分が破綻してしまったのだ。
「少し、素人の意見なのだが、いいかね?」
アガトクレス大統領は明るさを偽装しながら尋ねた。モントゴメリー大将には干渉するなと言われているが、まあ今なら許されるだろう。
「はい。何でしょうか?」
「敵の行動が全てはったりである可能性はないのか?そうだったらまだ作戦遂行に支障はない筈だ」
確かに燃料の輸送に成功してはいるようだが、それが艦隊の需要を満たせているとは限らない。満たせていないのならば、敵艦隊が燃料切れになるまで気長に待てばよいのだ。
「確かにその可能性を完全に否定するとも出来ませんが、需要は満たせている公算の方が大きいと考えられます」
「それはまた、どうしてだ?」
「まず計算上、あの数の輸送機が運べる燃料と艦隊が消費する燃料はほぼ釣り合っています。また、戦略上、ここで時間を稼ぐ意味はありません」
「そうか」
モントゴメリー大将の様子は、それがほぼ絶対であるという感じであった。やはり敵は燃料を十分に補給出来ているのだ。
「こうなってしまった以上、前提条件が不完全ではありますが、例の作戦を実行するしかありません。我々に残された勝機はそれだけです」
「だが、今すぐに実行しなければならない、ということではないだろう?」
「え、ええ。しかし、待ったところで何も変わらないかと」
「いや、まだ全ての道が閉ざされた訳ではない。世界には我々の味方になるかもしれない奴等がまだ残っている」
大日本帝国、アラブ連合、欧州合衆国の残党などは、潜在的にアフリカ連邦共和国の味方になり得る。特にアラブ連合は未だに参戦していない唯一の勢力だ。これを味方につければ、あるいは。
「それは今のところ拒絶されているのですよね?」
「まあな」
そんなことはとっくに考え付いている訳で、上に挙げた全ての勢力、加えて北方の軍閥にも話は持ちかけた。だがそれは悉く拒否されている。
こっちに艦隊を回す余裕のないのが大日本帝国と欧州合衆国で、外交関係上動きたくないのがアラブ連合と北方軍閥だ。
「最後の望みをかけて、もう一度交渉してみないか。もちろん、戦う準備は怠らずだが」
「なるほど。まあ無駄だとは思いますが、やってみて悪いこ子はないかと」
「それは承知したって意味でいいな?」
「はい」
「なら、早速始めようか。全権特使とそれを運ぶための船を用意せよ」
この交渉は絶対に敵に露見しないように行わなくてはならない。よって、特使の移動手段は非常に限られる。現実的なところでは高速潜水艦だろう。また幸いなことにケープタウンは港町である。
「全潜水艦、出港しました。また敵にこれを察知した様子は見られません」
「よし。後は神にでも祈っておこう」
この作業自体は何も難しい話ではない。それぞれの担当国での交渉次第で全てが決まるのだ。
「しかし、仮に交渉が成功したとしても、味方が到着する前にケープタウンが落とされるのではないでしょうか?」
「それは…」
アガトクレス大統領もその可能性は考えていた。だが一抹の望みの為に敢えて口にしなかったのだ。それをよくも言ってくれる。
だが、そんな彼が答えに窮している時、代わりに答えたのはモントゴメリー大将であった。
「もしも増援が来ると確定している場合であれば、ケープタウンを放棄しても問題はないでしょう。マダガスカル島に逃げることや、本土を放棄してその国に亡命することも視野に入れられます」
「ケープタウンを捨てると仰るのですか?」
「はい。そもそも軍がケープタウンにこだわる理由は、少なくとも今ある都市の中では、ここが最も防備しやすいからに過ぎません。それ以上の可能性が見えたのならば、我々はそちらに縋りましょう」
「そうですか…いや、閣下の方が正しい。下らない面子など気にしている場合ではありませんな」
「わかって頂けたのなら、幸いです」
首都を捨てるというのは確かに大変な屈辱だ。しかし首都と国家を天秤にかけて首都の方が重い訳がない。国家の存続の為ならば如何なる屈辱も甘んじて受けよう。それが指導部の総意となった。




