艦隊決戦Ⅱ
崩壊暦215年7月5日19:23
「敵艦隊、動き出します」
「まずは様子見だ。動くなよ」
多少の損害を被りはしたものの、震洋による攻撃は撃退したと言えるだろう。ここまで来れば、あとは順当に勝利を掴み取るだけだ。
「分かれている?」
「そのようです」
東條少将が見たのは、一見して理解するには難解過ぎるものであった。ケープタウン上空の敵3個艦隊が、ひとつはその場に構え、ひとつは東に、ひとつは西に、動き出したのだ。
ただでさえ寡兵であるところを分割する。常識的に考えれば、論外と言わざるを得ない用兵だ。ある軍隊の強さはその兵力の二乗に比例するという定理から、それは明らかである。
「敵は、我々の射程の数百から数十mの範囲で移動しているようです」
「なるほど…」
つまり、自由アフリカ艦隊を中心とする円上の軌道を進んでいるということだ。
少なくとも敵が理性を失って発狂しているという訳ではないらしい。但し、何が目的かは全く読めない。
「閣下、このまま様子見をされるのですか?」
近衛大佐は言う。一般論からして、分散した敵を今叩けば、こちらには殆ど損害を出さず、容易に勝利を掴み取ることが出来るのだ。
「一発殴るのもいいが…敵がそれを望んでいるとしか思えないからな…」
「でしたらば、敵の手の内で踊る訳にはいきますまい」
「ん?大佐もそう思うのか?」
さっきの問いかけは明らかに攻撃を急かすものだと思ったのだが、そうでもないらしい。
「ええ。一応聞いておこうと思いまして」
「そうか。ただ、このまま何もしないのは愚策か…」
「と言いますと?」
「敵に背中を見せるのは避けたい。つまり、両翼の艦隊を常に敵と向かい合うように展開せよ」
敵がこのまま進んだ場合、背後にまで回り込まれることになる。それは当然好ましいことではないが、艦隊そのものを動かすのも好ましくない。
よって、数的有利の割にはかなり受動的だが、全ての艦を敵に向けるという単純な手段をとる。
「ケープタウンの艦隊、動きだしました」
やっと次の動きがあった。しかしその艦隊も、主砲の射程に入る前で停止する。
そして、残る艦隊も、自由アフリカ艦隊の斜め後ろにまで回ったところで停止した。
「奴等は魔方陣でも作る気か?」
東條少将は冗談めかして言った。戦場を上から俯瞰すると、ここを中心とする円に内接する正三角形が一つという美しい図形が現れるのである。
だから何なのだという話だが。
また、その魔方陣のど真ん中にも新たな三角形がある。敵と向かい合う3つの単縦陣がそれを形作っている。但しこちらは5個艦隊しかない為、ケープタウン方面が短い二等辺三角形である。
「これを何とかメイトって言うよな」
「ステイルメイトですか?」
大和は言った。
「ああ、そうそう、それだ」
ステイルメイトというのは、チェスにおいて、打てる手が一つもなくなった場合を指す。現状、何も出来ないのである。
両軍とも未だ一発の砲弾も使っていない。それは敵軍が常に逃げ続けるからである。そういえ意味で、この状況は千日手でもある。
因みにゲームの世界だと、ステイルメイトは引き分けになるが、千日手は差した側が負けになる。
「敵輸送艦を確認しました」
「輸送艦?輸送艦…まさか…」
東條少将は一つ突拍子もない想像に至った。
「ど、どうされました?」
「いや、この状況、一応は包囲されているの言えるだろう?それで、敵は輸送艦をいくらでも持ってこれるが、こっちは無理だ。つまり、我々が燃料切れになるまで待てば、敵の勝ちにはなる」
最初は馬鹿な話だという感じであったが、よく考えてみるとそれなりに恐ろしい。冷静に考えると、こちらが補給を行う手段が本当にない。
包囲を突破しようとしても、包囲網そのものが動くから不可能。後方の都市まで下がるのも、敵の方が先に到達するに決まっている以上、不可能だ。
「ですが、閣下、燃料切れまではまだ一週間以上あります。とても現実的とは思えませんよ」
「それもそうだが…だが、必ずしもやってこないという確証はないだろう」
「そうですか?」
「ああ。私が敵と同じ立場だったら、どんなことでもやるだろう」
しかし東條少将は違和感を抱いた。こうすれば勝てるなら、どうして誰もやってこなかったのだろうかと。まさか軍人の誰もが騎士道や武士道の精神を持っているという訳ではあるまい。
「そうか。このままケープタウンまで行けばいいのか」
「え?お気づきでなかったのですか?」
と、大和がやけに煽ってくる。
「そうだ。無能な将軍ですまないな」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
「そうかい」
東條少将は子供っぽく返した。




