白兵戦Ⅰ
「こんにちは、皆さん」
大和の艦橋、東條少将の元に、アンドロイドの方の大和がやって来た。腰に刀を引っ提げ、2丁のアサルトライフルを背負った厳めしい姿である。
「調子はどうだ?」
「ちょっと関節に油を差したいところですが、問題ないと思います」
「そうか。問題ないなら何よりだ」
大和は、屍人に襲われないという、人間と比べて圧倒的なアドバンテージを持っている。それ故、戦闘用のアンドロイドでないにも関わらず、相当な戦力足りうるのだ。
「この船の防御は頼んだぞ」
「もちろんです。では、行って参りますね」
「またな」
軽く敬礼し、大和を送り出した。誰も、彼女が機械であるとは思えなかった。
「全艦に告ぐ!第6区画に敵侵入!繰り返す…」
艦内全てにそのような放送が流される。それはその周辺の乗組員に向けてのものだ。全ての乗組員は、あらゆる区画への攻撃に対し、最適な経路で避難するように訓練されている。
他方、陸戦部隊の方は、艦橋からの指示によって動く。現在は隔壁の前に陣取っている。
だが大和だけはその行動に随伴しない。人間と一緒にいると、屍人に襲われないという利が失われからだ。最悪の場合、流れ弾などに当たって大破することも考えられる。
「隔壁開放の許可を願います」
大和がいるのは、屍人の群れの2つ手前の隔壁の目の前である。戦闘開始時に屍人との距離を空けておく為、2枚の隔壁を同時に開けるのだ。
その奥からは鉄扉をガンガンと叩く音が響き渡っており、それ以外の音は聞こえない。
「許可する。開放せよ」
「了解です」
大和は刀を抜いた。そして次の瞬間、隔壁は勢いよく開け放たれる。案の定、隔壁に寄っ掛かっていた屍人の幾らかが倒れ込んでいる。
「さて、行きますか…」
その足並みが人間のように乱れることはなく、大和は淡々と歩み寄っていく。その様子は、やはり機械のそれであった。
「まず一匹」
まずは倒れていた屍人の頸を後ろから刺す。それは一瞬にして息絶える。しかし滑稽なことに、周りの屍人は大和の存在にすら気付いていないのだ。
「次は…」
次はゆっくりと歩く屍人の喉を突き刺す。刀を横に滑らせたところ、その首は取れ、落ちた。
そうして大和は屍人を次々と殺していった。一切の抵抗もないそれらを殺すのは、嬰児を殺すのに似ていた。屍人が何匹いようとも、大和を見れない限り、関係はないのだ。
彼女の緋色の軍服は、赤黒い血の色に染まっていった。
「ここは問題ないな」
その様子を見た東條少将は、大和艦内における戦闘の勝利を確信した。そうなると、心に余裕も出てくるものだ。
「閣下、牟田口少佐より通信です」
「映せ」
牟田口少佐は現在、大和の甲板付近で待機している。それは、他の艦が危機に瀕した時、それに助勢する為である。
「牟田口少佐であります。閣下、大和の様子、戦況ははどうですか?」
「ああ、順調だ。大和のお陰で、誰も怪我せずに奴等を殲滅出来そうだ」
「それは、良いことであります」
結局、屍人の襲来に対応して動かした部隊は、一発の銃弾も撃たずに終わりそうである。まあそれはそれで結構なことだが、肩透かしを食らったという感が大きかった。
「それでですが、我が部隊が全ての準備を完了したことを報告致します」
「了解だ。引き続き臨戦体制でいてくれ。他には?」
「いえ、特には。以上であります」
「では…」
「閣下!」
東條少将の発言を見事に遮る声があった。実際的な利益を最重要視する軍隊ならば当然のことだが。
「戦艦コートジボワールより、救援要請です!」
「おっと、牟田口少佐。早速、出番のようだな」
「はっ。部隊はいつでも出撃できます」
「その意気だ」
自由アフリカ軍の数少ない戦艦が奪われようとしている。これは断固として食い止めねばならない。だが、この砲弾飛び交う戦場で如何にして兵士を送るのか。
答えは簡単である。
「大和、コートジボワールに向け全速前進せよ!」
飛行戦艦大和ごと突っ込めばいいのである。この時代、艦隊の指揮統制に当たって、Z旗やらを使うことはない。つまり、旗艦がどこにいようと根本的に問題ないのである。
「コートジボワールまで距離100。減速します」
「牟田口少佐、もうすぐだ」
「はっ」
そして鈍い音を立て、大和とコートジボワールは物理的に接触した。そこから甲板をつたいコートジボワールまで向かうのである。
「では、コートジボワール救援の任、必ずや果たしてきましょう」
「頼んだ」
牟田口少佐にとって、屍人に対し雪辱を果たす時であった。




