ケープタウン沖にて
新章スタートです。時間は飛びます。また東條少将も続投です。
崩壊暦215年7月4日08:45
まず、これまでに何があったかを少し語っておこう。時に、東ローマ帝国の降伏から4カ月が経った。
まずヨーロッパでの動きとしては、東ローマとイングランドにNS傀儡の皇帝と王が立てられた。グリーンランドに亡命したイングランド国王は異議を申し立てているか、誰も聞き入れはしなかった。
日ソ戦線では、この4カ月、何の変化も起こっていない。鈴木大将とジューコフ大将が睨み合っているが、それだけである。
日米戦線では、それなりの変化があった。日本軍は旧カナダ及びメキシコのほぼ全領域を占領した。しかしアメリカ連邦はなおも4個艦隊以上の戦力を保持しており、戦いの趨勢が決まりきったとは言えない。
中東においては、アラブ連合の実権をシリアのサッダーム首相が握った。また彼は日本との協力を示唆している。既に保有艦隊が8個を越え、地政学的に超重要なアラブ連合の動向は、全世界が注視するところである。
そして最後にアフリカについて。
ナーセル中将率いる北東軍閥は、自由アフリカに対し敵対しないと宣言した。東條少将はこれを受け、南部への侵攻を開始。アフリカ連邦共和国の都市を次々と陥落させた。
そして彼らは、その首都、アフリカ最南端の都市、ケープタウンにまで迫っている。
彼らが用意したのは、自由アフリカ主力艦隊3個、ヨーロッパ国からの援軍2個の計5個艦隊である。その旗艦は飛行戦艦大和。しかし未だ戦闘状態に突入する気はない。
「お待たせしました。キリテーです」
東條少将と客の間に、AIの方の大和は、香ばしいミルクティーを置いた。相変わらずのセンスだ。
「キリテー、とは?」
客は尋ねる。
「スリランカのミルクティーです。そんなに高いものではないです」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ」
大和は笑顔で去っていった。雰囲気をぶち壊されたことを恨むべきか、或いは微笑ましい空気を醸成してくれたことに感謝すべきか、半々で迷うところだ。
「彼女、とても機械とは思えませんね」
「ええ。私も良く、彼女が機械であることを忘れてしまいます」
二人は静かにミルクティーを飲む。高くはないと大和は言っていたが、茶などに学のない彼らにとっては、十分なものだった。
「それでです。モントゴメリー大将閣下。残念ながら、ここでゆっくりとお茶を飲むことは叶いません」
「ええ。そうですね」
その客の名はモントゴメリー大将。アフリカ連邦共和国軍の最高司令官であり、アガトクレス大統領からの信頼も厚い。
そんな彼が何故に大和に乗っているのか。それは、ケープタウン上空での武力衝突を回避する為である。
実のところ、ここまでの遠征路、飛行艦隊同士の戦闘は一度も発生していない。ケープタウンでの一戦が両軍にとって最後の戦いになるということだ。
「自由アフリカは、無用な戦いを好みません。出来ることならば、戦闘は回避したいのです」
「ええ。それは我々も同じ思いを抱いています。しかし、妥協出来ないものというのも、あるのです」
「彼らとの共存ですか」
「はい。全ての人類の為、ここで譲る訳にはいかない。我々は寧ろ、あなた方に降伏して欲しいとすら思っています」
殺し合いを好むような狂人はいない。しかし彼らの間に妥協が成立するのは、極めて難しいことだろう。彼らは共に正義を信じているからだ。
「正義」ほど、人を殺し、貶め、文明を破壊してきた言葉はない。
「でしたら、自由アフリカの中で相応の地位を保証すると言っても、無駄なのですね」
「無駄です。それは我々に取っては悪なのです」
「妥協は、出来ないのですか」
「最初から、そう言っているでしょう」
妥協は成立しそうもない。
「もちろん、自由アフリカが彼らとの関り合いを維持するというのなら、我々は喜んでケープタウンを明け渡しましょう」
「それは…それは許容出来ません。それは最早、我々の戦争目的を喪うことと同義なのです」
言うなれば、アメリカ連合国が奴隷解放宣言をするようなもの。自由アフリカが立ち上がった理由を捨てることに他ならないのだ。故に東條少将も頑なになってしまう。
「もしもここで戦えば、アフリカ全体としての軍事力は大幅に弱体化するでしょう」
モントゴメリー大将は揺さぶりをかけてくる。ここで戦えば、アラブ連合や大日本帝国などの列強によってアフリカを奪われかねないのだ。
「それでも、戦おうと言うのですか?あなた方の陳腐な正義の為に」
「はい。その点に関しては、妥協はありません。今、この乱れた世界でしか、なし得ないのです」
「そうですか。残念です」
結局、彼らは折り合いをつけられなかった。モントゴメリー大将は、ケープタウンへと静かに戻った。




