コンスタンティノープルの戦いⅢ
「敵艦、停止!」
王者の凱旋の如く進航せし氷山戦艦が、ついに止まった。もっともそれはギリシャ軍の攻撃の帰結ではないだろう。
「やっと来たか。増員!砲撃止め!照準用意!」
怒鳴り散らしている上官も緊張していると見える。
砲撃目標はあらかじめ設定してあり、そこに砲口をずらす作業を行う。結果、コンスタンティノープル中が異様な静寂に包まれた。
「…!動いた」
敵に聞こえている筈もないが、ジョバンニの声は思わずして小声となっていた。鉄や氷の軋めく音、打ち寄せる波を砕く音を立て、氷山戦艦は動き出した。
その向きは、まさにジョバンニが控える方向ではないか。
「総員!敵は必ずや陸戦部隊を送り込んでくる!それを砲撃するのだ!」
照準主は狙いを氷山戦艦に向ける。タラップが降りてくると思われる場所にだ。まあそこから降りてくるのは間違いないだろう。
やがてゴンと音を立て、氷山戦艦は海岸に衝突した。普通の船なら損傷を恐れるところ、奴にはそんな観念すらないらしい。
「来た!」
ついにタラップが降りた。艦内から陸地への道だ。
「撃てぇ!上陸を許すなぁ!」
「了解しました!」
降ろされたタラップは全部で4つ。まずは第一波。その全部が砲撃された。
「弾着観測!」
「は!敵艦のタラップを破壊致しました!」
そう、ジョバンニの仕事はこれである。砲弾が何を破壊したか、その実際的な被害を確認し、報告する。まあ閑職と言われても仕方がないものだが。
タラップは容易に破壊出来た。この時代、大昔なら考えられない程の精度での砲撃が可能だ。
「宜しい!よくやった!砲撃を続行するぞ!」
「はっ!」
それは氷山戦艦に穴が空いたということになる。艦内、恐らくは格納庫が丸見えである。入り口の辺りを破壊しつくしてしまえば、或いはと。
「流石に、これ以上の破壊は不可能かと!」
「そうか。ならば戦艦の上部を砲撃せよ!」
しかしおかしい。氷山戦艦は何もしない。上陸を阻止されたじろいでいるとも考えられるが、それならそれで、他の作戦に移るだろう。第一、タラップの跡地すら、完全に破壊出来た訳ではない。
「あれは…ヤバい!」
その時ジョバンニは、氷山戦艦な主砲がゆっくりと旋回し出すのを認めた。
「中尉殿!敵艦に動きが!主砲です!」
「何!?どこを向いてる!?」
「目下確認中です!」
とは言え、このタイミングで動き出すとなるの、やることはだいたい想像がつく。非常に嫌な予感に襲われる。
「目標はここです!各所の砲台が狙われています!」
前線より奥を狙い出したところで、もう確定だ。
「中尉殿!どうされますか!?」
ここに居れば恐らくは死ぬ。早く判断してもらわねば。
「しかし…私の判断だけで持ち場を離れるなど…」
「だったら上に問い合わせて下さいよ!」
「あ、ああ。そうしよう」
だがそれでは間に合わない。上に状況を伝えて、そこから更に上官に取り次いでもらって、判断を仰ぐ。そんな時間はない。
「止まった!」
それは照準が定まったという合図。
「全員退避!隠れろ!」
二等兵に過ぎないジョバンニが命令を下さんとする。それくらいには状況は逼迫している。
ジョバンニはその瞬間、砲台から遠ざかる向きに走り出した。他の兵士もそれを真似る。しかし、僅か鄒mも進まないところで、氷山戦艦の主砲が火を噴いた。
「くっそ!」
ジョバンニは必死に生存を試みた。走るのはもう無駄。ならぼせめてもと、地面にダイブし、頭を抱えて衝撃に備えた。
一瞬、間があった。彼にはその時間がとても長く思え、さっきまでの行動が杞憂だったのではないかと思った。
しかし、たちまち訪れる砲弾の音に、その希望も掻き消された。
「うあぁ」
衝撃波によって呼吸が妨害される。間違いない。ジョバンニの砲台は、潰えた。
ゆっくりと振り返る。しかしその直後、今度はその反対から鈍い音がした。振り返ると、さっきの砲身が吹き飛んで、民家に落下していた。
つまり砲台は跡形もなく吹き飛ばされたのであった。
「おい!ジョバンニ!生きてるか!?」
戦友か一人、生き残っていた。
「ああ。なんとかな。他の奴は?」
「今のところは、誰もいねえ…」
「そう、か」
ジョバンニは相当に奇跡の人だったらしい。砲台の回りには死体と砲の残骸しか転がっていなかった。
「回りにも煙が見える。どうなってるんだ?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
幸いにもジョバンニの望遠鏡は無事であった。すぐに周囲の様子を確認する。
「ど、どうだ?」
「ダメだ。片っ端から吹き飛ばされてる」
「もう、終わったじゃねえか…」
「そうかもな…」
ギリシャ軍砲兵は、全滅した。




