コンスタンティノープルの戦いⅡ
崩壊暦315年3月24日14:23
「総員!我らが帝国が為の盾となれ!剣となれ!」
コンスタンティノープル守備隊の中で、彼らは比較的広報に配置されている。それは彼らが砲兵だからである。
直接の砲火を浴びることは、暫くは、ないだろう。しかし彼らが白兵戦に投入される未来もまた、容易に予測出来る。
その中の一人、青年ジョバンニは、合衆国南方軍に転属された3日後に例のクーデタが起こり、成り行きに身を任せていればいつの間にか反政府勢力の一員となってしまった哀れな人間である。
実際、東ローマ皇帝への忠誠心によってギリシャ軍に留まっている者は少ない。その大半は、敢えて反乱を起こす勇気もなく、こらまで通りの上官に命じられるがままに動いているだけなのだ。
皇帝への忠誠篤き者、或いはナチス嫌い、そういう目的を持った人間は、極一部なのである。
ジョバンニも、彼の上官のお言葉に対して、感動の類いは一切感じていない。ただ機械的に命令に従うだけだ。
しかしそんな機械達も、金角湾に突入しつつある巨艦を前にしては、人間に戻ってしまうようだ。
かつて古代の終わりと中世の始まりを告げたコンスタンティノープル陥落の時は、金角湾を確実に封鎖出来ていた。
今回も当然そうした。現代風に機雷の鎖を造り上げた。しかしあの戦艦は、僅かにたじろぐことすらしない。
今、彼らが担当する砲台の射程に、あの戦艦は入った。上官の説明によれば、あれは傷を自ら修復出来る氷山戦艦であるが、水中に潜れないこの辺りではそれも不可能であるから、ひたすら砲撃すべしとのことだ。
「総員、砲撃用意!」
しかしジョバンニはその言葉よりも、あの戦艦の周囲で繰り広げられる惨劇に意識が向いていた。
「あんなのに、勝てるのか…?」
何門あるのかすら数えきれない程の大砲が、沿岸の陣地を悉く破壊している。微かな抵抗もあるが、何か意味を為しているとは思えない。
一発撃てば十発になって返ってくる、そういう感じだ。
「だけど、ここはまだ大丈夫なんじゃないか?」
「内陸だからか?」
「あ、ああ」
確かに今のことろは沿岸の極一部しか攻撃されていない。だがそれは、必ずしも内陸の安全を保証するものではない。
「まだ反撃しているのが沿岸だけだからじゃないのか?」
「だ、だったら、撃ったら撃たれるのか?」
「そう、かもな…」
「おい!貴様ら!何をペチャクチャ喋っとる!」
士気の低下を案じてか、上官は彼らの会話を完全に遮った。しかしその上官も、いつもと比べてその声に威勢がなかった。
そして訓練通りの作業を行い、引き金を引けば砲弾が飛び出すという状況になる。
「命令あるまで待機!」
待機の間も砲撃の音は絶え間なく続く。戦況は圧倒的と言っていいだろう。殆ど何の抵抗も出来てはいない。
「総員、撃てぇ!!」
「撃てぇ!」
念のために耳を塞ぐ。爆音が押し寄せる。それが数十の砲台で同時に起こった。
敵を引き込んでからの一斉射撃、それが司令部の狙いなのである。
「効いたか…?」
「そうは、見えないな…」
これほどの砲弾を浴びたにも関わらず、何事もなかったかのように威風堂々としている。与えた損害は、見たところ、数門の副砲、一部のレーダーなどの諸兵装を破壊、それがいいところである。肝心の主砲に対しては、何ら有効な打撃は与えられていない。
「次だ!次!次弾装填!装填し次第撃て!」
「はっ!」
もう何も待つ必要はない。ひたすら砲撃を重ねた。しかし、彼らの必死の努力にも関わらず、戦局はついに転換しなかった。
「総員傾注!新たな命令が下った!」
上官は砲撃を一時停止させる。
「大本営は、氷山戦艦を沈めるのは不可能であるとの結論に至った!故に、我々の任務は、敵の上陸を徹底的に阻止することである!上陸さえ許さなければ、我々が負けることはないのだ!」
そりゃ、そうなるだろう。あれを沈めるには砲弾あと一万発は必要であると思える。
「我々は、まずこちら側に接舷してきた場合、水際防衛線と敵艦の間を砲撃し、敵の意図を打ち砕く!」
水際防衛線とは言っても、海岸から2kmは離れている。もちろん本来は文字どおりの水際にも防御陣地があったが、今や悉く壊滅させられ、本来の第二防衛ラインが「水際防衛線」と呼称されているのだ。
「帝国議会、宮殿のあるこちら側が狙われる公算は大である!しかし、もしも向こう岸が狙われた場合は、我々は引き続き戦艦を砲撃し、可能な限り敵の注意を引く!以上だ」
まあ十中八九こっちに上陸してくるだろう。向こう岸には何もない。ただ増えすぎた人口を養う為の区画に過ぎない。帝都としての本体は、ジョバンニの背中側にあるのだ。




