戦後処理、そして
そして、あれから2日が経った。
「酷い有り様だな…」
アテネに降り立った東條少将も、牟田口少佐と同様の感想を抱く。飛行艦がマトモに着陸出来るようになるのに2日もかかったのだ。その悲惨さは十分に窺える。
「閣下、軍用に使える建物がまるでありません。アテネに残る建造物を全て徴用しても足りないかと」
それはアテネを破壊し尽くした対価だ。何故か東條少将が払う羽目になってはいるが。
普通は基地なんかを接収して兵舎に充てるのだが、今回はそれすらも残っていない。それどころか生存者全員の住居すら足りていない。
「仕方ないが、まず、アテネ駐屯の部隊は、飛行艦の中で寝泊まりさせるしかない。居心地は良くないだろうが、我慢してくれ」
「はっ。ではそのように手配致します」
「頼んだ」
飛行艦の中というのは長居するものではない。
スペースは狭く、水は自由に使えず、エンジンが常に五月蝿い。そんな環境にいればすぐに気が滅入ってしまう。どの国の教育でも、将兵は地上にて休養させるべしとの記述がある。
だが、まあ事情が事情だ。これ以外の選択肢はおよそないだろう。
だが更なる問題は、アテネ市民の生活の確保である。食糧は足りているが、現在、多くの人が野宿に近い格好で日々を過ごしている。この状況は打開されなければならない。
「閣下、外に敷けるテントはまだ幾分か残っていますよね?」
と、近衛大佐は言う。
「ああ。あるにはあるが、全然足りない」
全兵士分の寝床を確保するには到底足りない。焼け石に水にしかならないだろう。
「いえ、それを将兵に使うのではなく、罹災者に開放するのはどうでしょうか?」
「ああ、なるほど。そいつは名案だ」
何故か誰も思いつかなかった、或いは言い出さなかったそれを、東條少将はとても気に入った。直ちに実行を命じる。
兵士達は瓦礫の山を少しずつ撤去し、安定した大地にテントを設置、それを市民に明け渡す。テントと言っても、かなり設備の整ったもので、暖房や冷蔵庫は簡易的ながらもある。水だけはまだ確保出来ないが、それも時間の問題だろう。
その後、テントを使いたい人を公募し、振り分け、仮の住まいを与えた。
当面は辛うじて生きていけるだろう。軍の仕事はここまでだ。後はベルリン政府に任せるとしよう。
そして次の議題は、次の目標についてである。
「次の目標として考えられるのは、コンスタンティノープルかベオグラードである。今日はまず、このどちらを攻めるかを決めたい」
ギリシャ帝国、もしくは東ローマ帝国の国土は、西側はギリシャ独立前のオスマン帝国のそれ、東側は旧トルコ共和国のそれを殆ど模したものとなっている。国土だけ見るとオスマン帝国なのではと言いたくなる。但し西側はオーストリア帝国に若干削られいる。
アテネというのはその腹にあたる。即ち、そこから真北に向かうか北西に向かうかを選ばねばならない。
コンスタンティノープルはギリシャ帝国の首都であり、その国土のど真ん中にある。これを落とせばギリシャ帝国は講和に応じるかもしれない。
但し、それを攻略している間にオーストリア帝国が反撃を食らう可能性がある。大陸の方、つまり旧ユーゴスラビアの方の軍は無視する格好となるからだ。
そこで、より堅実な案として、ギリシャ帝国を西から順々に追い詰めていこうというものがある。危険は少ないが、時間はかかる。
「早速前提を崩してしまうのですが、宜しいでしょうか?」
近衛大佐は言う。初手からこれである。
「ああ。構わん」
「はい。結論から申しますと、艦隊を二分し、片方をオーストリア防衛、片方をコンスタンティノープル攻略に回せば良いのです」
「だがそれは、両方で敗北するという事態には繋がらないか?」
戦力の不用意な分散はいかなる場合でも愚策である。近衛大佐の策の場合、どっちつかずとなって何も達成出来ない可能性があるのだ。
「まず勝てるかという話ですが、我々にはゼカリヤがあるではありませんか」
ロンドンの戦いで拿捕した氷山戦艦だ。
「あのデカブツをコンスタンティノープルに突っ込ませるのか?」
「その通りです。あの間、何湾でしたかな?」
「金角湾ですよ」
「そうだ。その金角湾にゼカリヤをねじ込むと」
すかさず大和が教えてくれた。コンスタンティノープルをアジアとヨーロッパに分断する湾、その名を金角湾と言う。
近衛大佐曰く、どうせ敵は首都上空に待ち構えているのだから、金角湾に潜行、奇襲を行い、その下から砲弾を浴びせようと。
都市の真ん中に水域があるという珍しい環境だからこそ可能な作戦なのである。




