反撃作戦
「東條少将に通信を」
「了解」
牟田口少佐は地上に出て、再び東條少将に通信する。
「取り敢えず、地上には無事に出られました」
「それは良かった」
「ですが、武装は殆ど残っておりません。戦車や装甲車はもちろんのこと、重火器も完全に喪失しました」
「敵軍と正面から戦うのは無理、か」
「はい」
敵は装甲車両も何でも持っているだろう。機動装甲服があるとは言え、自動小銃と僅かな手榴弾だけで勝てるとは思えない。
「一応、陸戦部隊の回収は可能だ。ここで戦っても無駄死にになるだけだろう?」
「ええ。それも考えました。しかし、ここで黙って退くのは、好かんのです」
「それはそうだろうが、どうするつもりだ?」
およそ勝てる望みはない筈であるが。
「簡単な話です。奴等がやってきたことを、そのままやり返してやればいい」
「な、それは、アテネを爆撃せよと言うのか!?」
「ええ。その通り。ただ、敵の基地だけですが。今度は奴等を火の海に静めてやりましょう」
牟田口少佐からは殺気が溢れていた。
そして確かに、基地を爆撃、と言うか砲撃するのは、こちらが勝利する唯一の手段だろう。しかし、基地のみを狙うと言っても、全ての砲弾を命中させることは出来ない。
基地周辺で新たな犠牲が生まれることは、覚悟せねばならない。
「戦術的には、可能だ。だが、本当にそれでいいのか?」
「はい。この際、多少の犠牲は仕方がありません。既に奴等が大勢の市民を殺した以上、我々が非難されることはないでしょう」
「わかった。ならばそうしよう」
「ありがとうございます。ではまた後で」
「ああ」
通信は終わる。作戦は決定だ。東條少将は動き出し、艦隊の配置を整える。
「少佐殿、第八部隊が基地に近いです」
「ああ、そうだったな。第八部隊には基地からなるべく離れるように命じよ」
「了解です。ですが、第八部隊ならば周囲の市民に避難を呼び掛けることも出来ますが」
今なら避難も間に合う。市民を基地から遠くに避難させることが出来る。そうすれば、減る命が幾分か減る。少なくとも殺戮者の謗りを受けることはなくなるだろう。
「いや、避難は呼び掛けなくていい。いや、呼び掛けるな」
「本気ですか?」
「ああ。そんなことをすれば、敵に意図が伝わってしまう」
「そう、ですが…」
最大の効果を得たいなら、市民は放置すべきだろう。だがそれは、第八部隊にとっては、すぐそこにいる人を見殺しにするということを意味する。
「おい、あんた、それはないだろ!」
ロンメル中佐が突っかかってくる。しかし牟田口少佐はそれを冷酷に突き飛ばす。
「中佐殿には、感謝している。だが、今回の選択は、勝利か敗北かを選ぶ次元に来ている。そして我々に敗北は許されない」
「だからってなあ」
「これは決定だ。それに、貴官は我が軍に対し何の権限も持たない。わかったら黙っていろ」
「チッ、そうかよ」
そしてロンメル中佐は離れていった。
やがて東條少将からの通信が入る。
「砲撃の準備は完了したぞ。そっちはどうだ?」
「問題ありません。今すぐ、初めて下さい」
「お、おう。わかった。では、砲撃を開始する。通信はまた切る」
「ではまた」
そして今度は遠くから爆音が聞こえた。ここに聞こえたものは小さかったが、同じ距離であったら、ギリシャ軍の副砲よりも遥かにけたたましいのだろう。
やがて、風を切る音と共に、副砲弾などより遥かに重い主砲弾が飛来した。そして地上に衝突し、周囲の全ての物体を木っ端微塵に吹き飛ばす。
やがて、最後に残った基地すらも、瓦礫の山の集合と化した。
粉々の死体、原型を留めない戦車、建物の残骸が、ただただ視界を埋め尽くしていた。
そして、その周囲に済む市民も、殆どが、死んだ。アテネの市民はほぼ絶滅したと言っていい。
やがて、アテネを砲撃してはならないという枷を取り払われた飛行艦隊は、敵飛行艦隊に対する包囲殲滅作戦を決行。瞬く間に撤退に追い込んだ。
「これで、終わりだ」
基地の跡地で、牟田口少佐は、自由アフリカとヨーロッパ国の軍旗を立てた。煤の中にはためくそれは、或いは弔旗であったのかもしれない。
結局、アテネの生存者は、全体で3千と少し。戦前の人口はおよそ5万人であったから、1割すら生き残っていない。生き残ったのはたさに奇跡だろう。
だが彼らも多くの知人や親族を失い、悲しみにくれていた。中には自由アフリカ軍に志願する者もあった。
最早ここは都市ではなく、ただ壁に囲まれた更地も同然だった。




