炎に包まれる都市
「おい、爆撃が始まる!急げ!」
ロンメル中佐は空を指さす。ギリシャ飛行艦隊が副砲を地上に向けていた。
「何!?早すぎる!」
「さっさと隠れろ!」
「クソッ!早く行け!」
今持っているものだけを携え、地下鉄の階段を全力でかけ降りた。少し入った程度ではダメだ。地下深くまで逃げなければ、どうにもならない。
或いは生き埋めになる可能性もあるが、生き残れる可能性が少しでも高い方を選ぶ。
その最中、火薬の弾ける爆音が聞こえてきた。それも一度や二度ではない。何度も何度も絶え間なく、アテネに降り注いだ。
衝撃もすぐに伝わり、地震のような揺れが断続的に襲う。
「ここらで大丈夫か?」
揺れは続いているが、大分マシにはなった。天井も柱も、倒壊しそうな様子はない。
「ああ。大丈夫だろう」
「そうか。総員、止まれ」
牟田口少佐の部隊は、取り敢えずは無事だ。しかし、ここが一度揺れる度に一体何人が死んでいるのかと思うと、気が重くなる。
牟田口少佐は近くのベンチに座り込んだ。
「東條少将と連絡は取れるか?」
「少々お待ちを…はい。いけます」
「繋いでくれ」
「了解」
地上の様子を知る為にも、またこの想定外の事態の対応を尋ねる為にも、通信は不可欠だ。地下ということで電波が届かないかもと心配されたが、大丈夫なようだ。
「牟田口少佐です。少将閣下、聞こえておりますか」
「おお!牟田口少佐か!生きていたんだな!」
東條少将は、懐中電灯でも貰って嬉しがる子供のように言った。さぞ生存は絶望視されていたのだろう。
「ええ。ここにいるロンメルとかいう中佐が、爆撃を事前に密告してくれましてね」
「なるほど。ロンメル中佐、私は自由アフリカ陸軍の東條少将だ。今回のこと、感謝する」
画面越しながらも、東條少将は頭を深く下げた。一方のロンメル中佐はひどく気恥ずかしそうだ。
「そ、そんなことは。私はただ自分の正義に従ったまでです」
「そうか。ならば、アテネの市民も救えたのか?」
その瞬間、ロンメル中佐も牟田口少佐も暗い顔をしてうつむいた。東條少将は瞬時に全てを察した。
「そ、そうか。悪かった」
結局、市民は見殺しにしてしまった。あの状況で何か出来たとは思えないが、それでも、後悔が残っていた。
「それでだ、状況はどうなってる?今は地下にいるようだが」
「はっ。現在我が部隊はアテネ地下鉄に潜り、難を逃れております」
「そうか。良かった」
「閣下のもとへは、他の部隊からの連絡はありませんか?」
地下鉄でも生き残れるとなれば、軍用のシェルターに籠れば余裕で生き残れる筈だ。
「ああ。第三、第五、第八部隊からは生存報告が来ている」
「他の部隊はないのですか…」
「今のところは、そうだ」
無事が確認出来たのがそれしかない。非常に問題だ。
「何か他の部隊から報告がありましたら、私にお教え下さい」
「ああ。もちろんだ。少佐も何かあったら教えてくれ」
「もちろんであります。それで、地上の様子はどのようになっていますか?」
「ああ…これを、見てくれ」
東條少将の顔は悲痛だ。非常に嫌な予感がする。
直ちに大和からの中継映像が送られてきた。
「これは、酷い」
牟田口少佐は生唾を呑み込んだ。
最早アテネの原型は残っていなかった。残っているのは建造物の基礎か一階部分のみ。それ以上の高さのものは何一つ残っていなかった。
あちらこちらで火災が発生し、アテネは火の海と化していた。最早火の元は認識出来ず、都市全体が発光しているようであった。
だが、一ヶ所だけ、無傷の区画がある。
「これは…」
「これは軍の基地だ。間違いねえ」
ロンメル中佐にはわかった。軍は本当に基地以外の全てを焼尽せしめたのだと。
「やはり、か」
「ああ」
こうも卑劣な敵に対し、誰もが憎悪を抱いた。彼らが大日本帝国軍だろうが自由アフリカ軍だろうが関係ない。これは、軍人として、あるまじき行為だ。米軍ですらこの点については同意するであろう。
「ああ、少佐は今、地下鉄にいるよな?」
「はい」
「生き残っている出口を発見した。地図を送るから、そこから出てくれ」
「ありがとうございます」
生き残っているとは言っても、何とか穴が空いている程度のものだ。だが、使える出口はそこしかなかった。他は全て瓦礫によって封鎖されていた。
「では、一旦失礼させて頂きます。後程、また」
「ああ。武運を祈る」
その後、出口までは特に問題なく到着した。狭い出口に体を無理やり通す。
「こう実際に見ると、酷いな」
「ええ。鬼畜希帝とでも言いましょうか」
「お、そりゃいい名だ」
銃と弾と僅かな携行品を除いては、全て失った。空には相変わらず飛行艦隊があった。




