アテネ上陸Ⅱ
崩壊暦215年3月14日05:58
水上戦艦ハイレ・セラシエは、自由アフリカ海軍に4隻しかない水上戦艦の一つであり、その総旗艦とされている。まあそもそも自由アフリカ海軍に艦隊は一個しかないが。
自由アフリカ海軍は、そのほぼ全ての艦を今回の作戦に投入している。海軍力において、グレートブリテン島に殆どを持っていかれたヨーロッパ国軍はあまり役に立たないからだ。
さて、そんなハイレ・セラシエは前線に出撃している。アテネに6ヶ所定められた上陸地点のうち、最南端の部分を担当する隊を率いている。
上空および地上からの砲撃、ミサイル、絶妙な厄介さを見せつけている機雷に晒されながら、本来戦艦が立ち入るべきではない内海に突入している。
「艦長、順調か?」
牟田口少佐は尋ねる。牟田口少佐は全陸戦部隊の責任者ではあるが、今回の作戦の性質上、6つに分かれた部隊の指揮系統は独立しており、彼が直接に指揮するのは南の部隊のみなのである。
「はい。目だった被弾もなく、私の戦艦も元気です」
「ありがとう。そのまま進めてくれ」
「了解です」
まさか全方位から上陸を仕掛けられるとは思わなかったのだろう。敵の迎撃は非常に散漫としている。確かに砲弾は飛んできているが、艦隊を迎え撃つには全然足りない。
だが、その時、艦橋が突然の揺れに見舞われた。
「何だ!?」
「ダメージレポート!急げ!」
牟田口少佐でも、何があったかある程度は判る。艦橋からの視界を妨害するかのように、一条の煙が空高く昇っていた。
「二番砲塔に重大な損傷、使用は不可能!」
「引火の危険はありません!」
「負傷者25名、うち重傷者5名!」
「何とかなったか……」
艦長はため息を吐いた。さっきまでの恐慌具合と比べれば、どうも大きな問題はないらしい。
「作戦は続行出来るか?」
「はい。ですが!主砲が減ってしまいました」
「なるほど。火力支援が減るのか」
第一次世界大戦以降の上陸戦では事前の大規模な火力支援が常に必須であり、それ故に、ミサイルの時代となっても戦艦は辛うじて生き延びてきた。
その中核となる主砲が失われたとなると、上陸は確実に難化する。そこで作戦を続行するのか、牟田口少佐は選ばねばならない。
「どうされますか?」
「作戦は続行だ。ここで打ち切る訳にはいかん」
その選択は早かった。
「了解です。それと、もうじきアテネの沿岸に到着します。ご準備を」
「わかった。気張れよ」
「はっ。もちろんであります」
艦長はびっしりとした敬礼をし、牟田口少佐も同様に返した。そして艦の下部、上陸用(平時に使われる意味でのもの)タラップの近辺へと向かう。
今回は少し控えめに、司令官の陣頭突撃は行わない予定だ。最初の一撃は、他の輸送艦からの機甲部隊によって行われる。
タラップへの道中で武器を取る。
タラップの前には、牟田口少佐直属の兵士達が待ち構えていた。頭のおかしい牟田口少佐に平然とついてくる頭のおかしい連中だ。
「いよいよですね」
「ああ。今の様子は?」
一人が懐からデバイスを取り出す。アテネの地図と各艦艇の位置がリアルタイムにて表示されるものだ。全体としと北上しており、ハイレ・セラシエはその中央辺りにある。
「沿岸部への砲撃を開始するとのこと」
「問題ない」
「はっ」
まずは準備砲撃。沿岸に見えた建造物は悉く瓦礫の山となる。
「第一陣が到着しました」
「戦況を映せ」
「はっ」
今度はデバイスに戦場の様子が映し出される。立体映像であるから、まるでゲームのように、視点を自由に操作して戦場を眺めることが出来る。このような超局地戦では極めて有効だ。
「くそっ、やはり出てくるか」
瓦礫の山から敵軍が沸いて出てきた。しっかりとギリシャ帝国の軍旗をあしらったマークが塗装された自動化軍団である。
「第二陣到着します」
「ああ。とにかく突撃、敵を突破させよ」
「了解です」
戦況はあまり良くない。予想より遥かに多い敵軍が待ち構えている。だが、見たところその戦力はこちらの半分程度である。隠れるところもない以上、前近代的な突撃で活路を開くしかない。
「ハイレ・セラシエ、到着します」
ついに牟田口少佐自身の番が来た。
「タラップ降ります。3、2、1」
止め金が外れる軽快な音が聞こえた。そしてハッチを開ければ、けたたましい騒音、そこは銃弾飛び交う戦場である。
「お前ら、行くぞ!」
「「「「おお!!」」」」
機動装甲服に身を包む十数名、全速力でタラップをかけ降りる。
既に市街戦の様相を呈する戦況、戦術もクソもない戦闘があった。ならばもう思う存分暴れるのが最適解だ。
「全軍に、敵右翼への攻勢を命ずる!我々も右翼の突破に向かうぞ」
局地的な数的有利を作り出し、突破を目指す。それ以上に高度な命令はなかった。続々と送り込まれる増援から一定割合を左翼に引き抜き、打撃戦力を作り出した。




