アテネ攻めⅡ
「よーし、全機、突撃ッ!」
神埼中佐は号令をかけた。
それに反応し鬨の声を上げたのは、総勢1000にも迫る戦闘攻撃機の群れである。空を埋め尽くしたそれは、一気呵成に殲滅の序曲を書き上げる。
「ミサイル!片っ端から撃て!」
まずは対艦ミサイル斉射だ。艦艇が丸々一個隠れるばかりの噴煙は、アテネから容易に観測出来た。
それを機とし、敵も反撃してくる。
最早命令は必要ない。当然のこととして、ミサイルは避ける。簡単な話だ。
「ちっ、28機も墜ちたか」
しかし案外被害は大きかった。神埼中佐は、誰も見てはいないが、苦い顔をした。ヨーロッパ国の空軍の練度が低いのである。歴戦の彼女と比べれば、貧弱と言ってもいい。
「攻撃続行!散開戦術を取れ!」
纏まっていると撃たれる可能性は格段に上がる。一秒でも早くバラバラになった方が良い。
そして部隊は複数の小部隊に分散され、敵艦隊を立体的に包囲する。また敵艦隊を中心とする球面上を回転し続けることで、恒常的な包囲網を固定翼機で作り出す。
「中佐、聞こえますか!」
と、そこに通信が入ってきた。音質は非常に悪いが、言っている内容は聞き取れる。その声は女性のもので、恐らく、うろ覚えだが、AIの方の大和のそれだ。
「何だ!?」
「アテネ市中に無数の熱源反応を感知しました!」
「熱源?」
「正体は不明です。しかし……」
「ミサイルか?」
この状況で市中に熱源。原爆で自爆でもする気でない限り、まず間違いなくミサイルだろう。それも恐らく対空だ。
「断定は。しかし公算は大きいかと」
「了解した」
「では」
「ああ」
通信は終わった。対応を考えねば。しかしそんな時間は与えられなかった。
今度はアテネを丸々覆い隠さんばかりの噴煙が上昇してくる。その正体は無数のミサイルである。1000や2000でどうにかなる数ではない。測定不能だ。
「回避!回避!陣形は崩して構わない!」
攻撃どころの話ではない。生き延びなければ。
「ちっ、来たか」
神埼中佐の愛機にも、ミサイルは不躾にも襲い掛かってくる。さっと機体を回転させ、易々と躱す。しかしその横で友軍機が堕ちた。いや、空中で爆発四散した。
「くっそ。ダメか」
嘆いてもいられない。神埼中佐は直ちに被害状況を確認する。しかし、各分隊長も半分が死んでいる始末。マトモな指揮系統は、既に存在しない。
大体の目分量で、3分の1はロストだ。陸軍的には全滅のラインを踏んでいる。空軍にそういう概念はないが、壊滅的な損害であることに違いはなかった。
そう言えば昔サンフランシスコでこういうことをやってやったが、その時の司令官はさぞ悔恨の念を抱いただろうと、身を以て理解した。
「次が来たらたまらない。どうにかしないと……」
神埼中佐は東條少将に通信をかける。
「閣下、状況は分かりますね?」
「あ、ああ」
「即時撤退をお勧めします。どうです?」
恐らく次の攻撃もあるだろう。このペースだったら完璧に壊滅するのも時間の問題だ。神埼中佐は引き際というやつを知っている。
「わかった。許可しよう。即座に撤退せよ」
「はっ。ありがとうございます」
通信を切る。
「全機!速やかに帰投せよ!撤退だ!」
しかし神は無慈悲だ。大和から新たな熱源反応の報告。同時に湧き上がる鉄の雨。
「クソが!」
神埼中佐は精一杯の怨嗟の声を上げた。帰った時には味方の数は半分に減っていた。それはかつてない敗北だった。
「はあ……」
やがて、すっかり生気を失った神崎中佐は、機体を降りた。
「神崎中佐、大丈夫か?」
なかなか無配慮な東條少将。
「大丈夫なわけないじゃないですか」
「まあ、そうだよな」
「で、喧嘩でも売りに来たんですか?」
と、喧嘩でも売るような口調で言う。まあ東條少将が本当に良心から行動しているとしても、神崎中佐の傷口を抉っているのは間違いなかった。
「い、いや、そんなことはない」
「そうですか。で、用件は?まさか私を労うためだけに艦橋を離れたわけではないでしょう?」
「ああ。その、微妙なんだが、せめてもの慰みになるかもしれない話があってな」
「ほう。何です?」
「それは艦橋で話そう。いいか?」
「え、ああ、はい。そうですか」
そういう訳で二人は艦橋に連れ立った。しかし、大敗北を喫したと思ったら艦内を連れ回されるとは、神崎中佐の気持ちは沈むばかりである。
「ん?大和?」
見ると、緋色の軍服を纏ったアンドロイド、大和が立っていた。人と話す時はこうした方が効率的らしい。人のコミュニケーションはその多くを表情や仕草で表現するからだそうだ。




