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終末後記  作者: Takahiro
2-7_バイカル湖攻防戦
524/720

俘虜やその他諸々に関する交渉

「では、回線、開きます」


「ああ。やってくれ」


戦艦ソビエツカヤ・ロシアの会議室に集まった一同が緊張しているのは、その通信の相手が日本軍だからである。


平時なら何も考えずに操作するパネルが、今日ばかりはパンドラの壺のように押す可からざる何かに思えた。


「ズドラーストヴィチェ(こんにちは)、ソビエト共和国軍の皆様」


応答してきたのは、見るからに高位の将官であった。しかしその雰囲気は一般的な日本兵とは違い、どちらかと言うと貴族的な印象があった。頭に被った二角帽が特に目立つ。


その後ろには副官と思しき人々が数名。こちらと同様の配置である。


「私は大日本帝国近衛師団の鈴木大将です」


「ソビエト共和国国家人民陸軍のジューコフ大将です」


「まあここは戦場ではありませんし、肩の力を抜いて話しましょう」


「そ、そうですね」


思っていたのの数倍にフレンドリーな態度に、ジューコフ大将は寧ろ強張ってしまう。あるいはそれすら鈴木大将の作戦なのかもしれないが。


「もっとも、私が今イルクーツクにいる時点で、あなた方からしたら安らげなどしないでしょうが」


「ははは。なかなか面白いことを仰りますね」


「おっと、これは失敬」


まあ根本的に仲良くはなれない。だが、今こうして話し合いの席についているだけでも十分ではある。


「ふう。早速ですが、クラミツハという兵士を、ご存知ですか?」


「もちろんです」


「では、彼女が今我々の手にあるということは?」


「それも知っていますよ」


「良かった。それなら話が早い」


一応の確認である。クラミツハは自らを傭兵と呼んだが、それが方面軍レベルの取引かは判然としていなかった。直に聞く方が早い。


「まずは彼女の状態について聞かせてもらえますかね?」


「はい。それについては、ロコソフスキー少将、頼む」


「承知、しました」


ジューコフ大将は、クラミツハについて最も良く知っているのはロコソフスキー少将だろうと、彼に話を振った。


ロコソフスキー少将は現状を簡潔に語る。その予定だったが、ロケットランチャーで撃って体を真っ二つにした下り、つまりかなり序盤の方で、女性の驚いた声が聞こえた。


「どうされましたか?」


「い、いや、死にますよね、それ」


「確かに、それもそうですな」


「え、え?」


ロコソフスキー少将は困っていた。上手な対応が全く思い浮かばない。


この情緒豊かな女性に比べると、クラミツハの何と話しやすいことか。クラミツハとこの女性とは、別の生物なのだと考えた方が良さそうだった。


「少将、取り敢えず話を進めたらどうだ?その方が分かりやすいだろう」


ジューコフ大将は言う。まあ確かに、質問に答えようと努力するよりそちらの方が効率的そうである。


そういう訳で、ロコソフスキー少将は、クラミツハの現状について語った。


「そうなのですね。ご迷惑を、すみません」


「誰しも普通はそう思います。気にされることはありませんよ」


「あ、ありがとうございます」


ジューコフ大将の慈愛に満ちた会話術、もしくはスルー術は成功した。話が逸れたが、自然な流れでクラミツハの状態を説明出来たのは都合がよかった。


「さて、このように、あなた方にとって、クラミツハを取り返す徒はあるわけです」


「なるほど。で、あなた方は何を望まれるのですか?」


話が早い。クラミツハを返す代わりに欲しいものはいくらでもある。


「まずは、最大の要求をしましょうか」


「ええ。どうぞ」


「まず、貴国に囚われている全ての戦争捕虜の返還。また今回の戦いにて拿捕された艦艇の返還、以上です」


「ほうほう。これまた大きく出ましたね」


「まあ最大の要求ですから」


たった一人の人間と交換するにしては巨大な代償だ。だがクラミツハはただの人間などではない。千の兵士に相当する価値がある。


「いいでしょう。その要求、全て受け入れます」


「え、ほ、本当ですか?」


ジューコフ大将も度肝を抜かれた。まさか、その回答だけは予想外だった。何なら交渉決裂の可能性の方が遥かに高いと思っていたくらいだ。


「ええ。その代わり、クラミツハは必ず無事に届けて下さいね」


「は、はい。本日中にでも船を送りましょう」


「では、この件はこれにて」


「そう、ですね」


重要だったのは、これで全てだ。本当に一瞬のうちに交渉は終了した。もっとも、これを交渉と呼ぶべきかすら疑問だが。


その後、両軍共に小さな艦隊を敵地に送り、捕虜の返還を行った。


但し、ジューコフ大将にとって誤算だったのは、イルクーツクの艦艇が悉く自沈していたことである。結局、飛行艦隊の中で鹵獲されたもの数隻が返ってきただけだった。


さて、ここら辺で西部戦線の動きは停止した。以後暫くは膠着が続くこととなる。


崩壊暦215年3月のことであった。

これで今章終わりです。

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