逃避行
今回から、第三章スタートです。因みに、第三章は、ストーリー全体からすると、序盤の中盤に差し掛かるあたりです。
あと、恒例の二本立てもします。
崩壊暦214年6月4日15:27
「物資の搬出は完了しました」
「よし、全軍、撤退だ」
チャールズ元帥は、全軍に東への撤退を指示する。
ここは、アメリカ連邦北部の都市、ウィニペグ。因みに、旧カナダ領域の都市ではもっとも南に位置する。
「閣下、鉄道の破壊もお忘れなく」
「わかっている。ハーバー中将、手配を」
「承知しました」
鉄道の破壊など、市民を守ることを至上とするチャールズ元帥では、絶対にしないことだ。
そして、それを要求するのは、如何にも正義面をしている、政府派遣のニミッツ大将である。
「全ては、連邦の為です」
「そうだな…」
ニミッツ大将は、徹底した国家主義者であるのだ。そして、日本軍の行動を遅らせる為、インフラの破壊も辞さない男なのだ。
やがて、米艦隊は東の都市、セントポールへと去っていく。
「また、戦わずして敗走か」
ロッキー山脈の陥落以降、米軍はひたすら東に撤退し続けている。艦隊の被害はほぼゼロだが、当然ながら多数の都市を失っている。
現在、日本軍はロッキー山脈以西全域と、五大湖以西の高緯度地域を掌握しており、右に倒した「L」のような形の地域がその支配下にある。
そして、ウィニペグを撤退すれば、五大湖以西に残るのは、セントポールただひとつである。
そして政府は、五大湖に全戦力を集結し、決戦を行う予定のようだ。
チャールズ元帥も、一応は合意できる策だが、市民をひたすら見捨てているという事実は、彼を迷わせている。
「閣下、五大湖での決戦はもはや決定事項です。それも、ルーズベルト大統領直々の策であることを、お忘れなく」
この男、ニミッツ大将こそが、政府のメッセンジャーである。
それだけなら問題はないが、彼は度々、越権に近い行為をしてくるのだ。
チャールズ元帥がニミッツ大将の意見を無視すると、ルーズベルト大統領に文句を言われる訳で、チャールズ元帥は彼に従わざるを得ない。
文民統制を維持するのは、チャールズ元帥のポリシーのひとつでもある以上、名目では正当な大統領の命令を、無視はできないのだ。
「次は、セントポールも棄てるのか」
「もちろんです。戦略物資を五大湖に運び込めば、セントポールは用なしです。それに、日本軍を撃滅さえすれば、全ての都市を奪回するのは容易ではありませんか」
「まあ、そうだが」
確かに、日本軍は、南の旧メキシコ領域はほぼ無視し、ひたすらに五大湖目指して侵攻してきている。
敵の狙いが五大湖要塞の攻略と、ワシントン制圧であるのは間違いない。
その戦力は、五大湖に集まるだろう。それを殲滅すれば、戦局は一気にアメリカ連邦に傾く。
「閣下、私も、ニミッツ大将に賛成致します。最も少ない犠牲で勝利するには、これが最善でしょう」
「ハーバー中将も、そう言うのか」
チャールズ元帥は、残念そうである。
「……ご安心下さい、閣下。私は、決して民衆を見捨てはしません。……」
ハーバー中将は、チャールズ元帥以外には聞こえない声で話かける。チャールズ元帥は、小さく頷いた。
「何だね、ハーバー中将」
ニミッツ大将は、不思議に思ったのか、何を言ったか尋ねてくる。
「いえ、独り言です。お気になさらず」
「そう、か。ならよい」
米艦隊は、屍人の上を、ただただ進んでいく。既に、セントポールまでの行程の半分を切った。
もっとも、それもすぐに棄てることになるだろうが。
「はあ、もうじき、日本軍がウィニペグにたどり着くかな」
チャールズ元帥は、怒りと悲壮の混じった声で呟いた。




