決着
「敵艦隊、後退せんとしているようです」
「ほう、イルクーツクは捨てるか」
この世界の基本として、都市を守りたいならば、そこから少し離れた場所に防衛線を引かねばならない。都市の上空に進むということは、防衛を半ば放棄したことを意味する。
「こちらも前進。それと、地上の様子は?」
「我が方に被害はなし。沿岸部は殆ど壊滅状態です」
「では、地上からも侵攻を始めよう」
湖上要塞に避難させた部隊は、やはり無傷で済んだ。それに、地上に出しっぱなしにしていた車両も、一部は壊れたものの、多くは生き残ったらしい。
反対に、それより少し奥地は完全に瓦礫の山と化している。敵地上軍は相当な被害を負ったと思われる。
そんなところに機甲戦力をぶつける訳だ。余程のことがない限り、突破は容易だろう。
「敵艦隊、加速しています」
「加速、か」
飛行艦隊の方は、地上など気にかけていないと見える。後方、西方に向かってどんどん加速していた。
「これは不味いぞ……」
鈴木大将はあることに気づいた。一瞬、その顔は青ざめた。
「第二艦隊に通達!直ちにこちら側に戻ってこい!敵の狙いは第二艦隊を包囲することだ!」
恐らく敵は負けを悟っている。このまま撤退するつもりだろう。しかし、その前に帝国軍を一殴りするつもりだ。貴重な第二艦隊が失われる危機なのである。
「第二艦隊の退路が塞がれています!」
「少し待て……」
本隊が全力で追いかけても、第二艦隊の解囲は間に合わまい。この段階で敵の目的を読んだことを読まれたのだ。
「第二艦隊以外は全速前進!第二艦隊は、包囲される前に、敵を突破してこちら側に来い!」
「か、閣下!?」
「構わん!包囲されるよりは、まだ突撃の方がマシだ!」
「は、はっ!」
被害を最小限に止める方法は、これだ。
包囲されて袋叩きにされるより、敵艦隊を無理矢理にでも突破する方が安く済む。
そして始まるのは壮絶な突撃。第二艦隊は、敵の攻撃も損害もものともせず、全速力での突撃を開始した。
少しでもソビエト軍に打撃を与える為、ところ構わず砲撃と対艦ミサイルを撒き散らし、ただただその先を目指す。
そんな様子に慄いたのか、ソビエト軍の攻撃は弱かった。そしてついに突破した。
ソビエト軍はその後も撤退を続け、帝国軍もそれを追うことはなかった。
「被害は?どのくらいだ?」
「戦艦1、巡洋艦3、駆逐艦4が轟沈、その他は集計中です」
「まあまあ、何とかなったか」
決して少ない被害ではないが、殲滅の危機に遭った艦隊にしては、良くやった方ではないだろうか。
「地上のソビエト軍から、我降伏す、とのこと」
「終わったか」
空中での戦闘が終わると同時に、地上の戦闘も終了した。
「敵湖上要塞および艦隊よりも、降伏するとのこと」
「了解だ」
「但し、湖上要塞は破壊させてもらう?」
「何?自沈でもする気か?」
まあ湖上要塞を無傷で手に入れられるとは、端から思っていない。祖国への義理を果たす為、艦隊を破壊するというのは、大昔からの常道だ。
と、そんなことを話している時、北の方から爆音が響き、天高くまで昇らんばかりの黒煙が数本見えた。
「まあ、そういうことか」
バイカル湖のソビエト軍水上戦力は、帝国軍が鹵獲した湖上要塞を除き、消滅した。
これにて、バイカル湖攻防戦、もしくはイルクーツク攻防戦は終了した。
帝国軍の戦略目標、西方での縦深の確保は概ね成功したと言えるだろう。
とは言え敵にはほぼ無傷で逃げられ、イルクーツクもただの廃墟だ。両軍ともに十隻程度の飛行艦を失ったが、それが全てであった。
そんなイルクーツクに、和泉は降り立つ。
「まずは、ここを要塞化しなければいけませんね」
内親王殿下は言う。ここを時間稼ぎに使う為には、そうせねばならない。
「はい。本国に色々と注文しましょう」
「そこら辺は、私も協力させて頂きますよ」
「おお、それはありがたい」
皇族の威光というか何かを使わせてもらえば、物資の流通をこちらに回せるかもしれない。せこいと言われればそれまでだが、まあ戦争なんてそんなものである。
「閣下、大本営より、通信が入っております」
不意打ちのように大本営からの通信だ。何を言われるかは考えたくもない。
「鈴木大将、今回の戦い、海軍をほぼ全滅させたそうじゃないか」
「ああ、確かに、まあ、はい、そうですね」
軍令部長官より開口一番に飛んできたのは、お怒りの言葉であった。大変大変面倒くさい言い訳の時間が始まった。
「中将、そのくらいにしておけ」
と、軍令部長官を止めてくれたのは、天皇陛下その人であった。鈴木大将は心底安堵した。
「大将、此度の勝利、大義であった。緒将、まずはこれを言祝ぐべきではないか?」
「はっ、陛下の仰られる通りに御座います」
「それで良い」
その後は、兵器の注文を叩き込んだり、話を対米戦の方に切り替えたりして、逃げ切りに成功した。




