戦端
さて、味方と敵との距離が近すぎるが故に、艦隊が砲撃を加えることは出来ない。但し、日本軍の動きは完全に監視しており、どこから来ようとも即座に前線に伝えられる体勢は整っている。
「やつらの動き、妙だと思わんか?」
ロコソフスキー少将は言う。
「私もそう思います」
クズネツォフ少将も言う。
何のとこかと言えば、敵が全く動かないのである。普通、上陸というのは、敵の守備隊を電撃的に攻撃し打ち破らるものだ。だが日本軍は、まるで何かを待っているかのように、港の辺りを彷徨くだけであった。
一応港を中心とした防衛線を張っているようだが、それはまるで立場が逆転したかのようで、奇妙である。
「ソビエツカヤ・ウクライーナ、大破!」
「何?不味いな……」
至って静的な地上とは異なり、空中は動的である。激しい砲撃戦が行われ、両軍とも本格的に損害を出しつつある。
この戦いには今のところ、戦術というものが見受けられない。両軍ただ平行に並び、正面の敵を狙い撃ちのみ。
そしてソビエツカヤ・ウクライーナというのは、国家人民陸軍第四艦隊が旗艦である。非常に運が悪く、殆ど行動不能の状態となってしまったのだ。
「第四艦隊の指揮はキエフに移せ。まあ何とかなるだろう」
そう、キエフは非常に忙しい。地上の指揮と空中の指揮を同時に行っているのだ。これはあまり宜しくない。
「一番要塞に新たな熱源反応!」
「今度は何だ?」
もっとも、それが何なのかの見当はつく。一番要塞で新たに熱源が出来たとすれば、それは例の輸送艦が動き出したしかないだろう。
破壊し尽くした訳ではなかったようだ。
「くっそ、ここで攻勢か」
地上への支援を考え出した、まさにそのタイミングで、日本飛行艦隊の攻勢だ。これは確実に何かを狙っているに違いない。
「前線を退くことは出来ない!全艦、その場で持ちこたえよ!」
これ以上下がれば、イルクーツクの戦場が日本軍の射程に入る。それは避けねばならない。
「キエフを前面に出す!シールドは全開にせよ!」
「閣下、全開は厳しいと思いますがね……」
マレンコフ大佐は言う。あまり全力を出しすぎると、キエフの機関が吹き飛ぶかもしれない。
「この数時間だけ持てばいいんだ。やってくれ」
「最悪、キエフごと大爆発しますが?」
「その時は、貴官が何とかせよ」
「はあ、そうですか。まあやりますよ」
シールドを全開にすれば、キエフの周囲、半径400m程度の砲弾は全て受け止めることが出来る。しかし当然核融合エンジンへの負担は大きい訳で、キエフがぶっ壊れる可能性は十分にある。
マレンコフ大佐は、半ばなげやりに、その実行を承諾した。但し、少しだけ出力を下げたのは秘密である。
「地上に動きあり!」
「今度は?」
「輸送艦です!」
「飛ぶか!」
その時、輸送艦が浮かび出した。まさかそこまで機能が生きているとは。
しかしその様子は、敵ながらにして哀れみを覚えそうなものだった。瀕死の人間が病床で吐く息のように、弱々しいエンジンの光を放って飛んでいる。
とても正常ではない。しかし飛んでいる。地上部隊にとっては余りにも巨大な脅威である。
「直ちに軌道上の部隊を待避させよ!」
その輸送艦は直線状に進むと見える。その進路上で轢かれるというのは、最悪の死に方だろう。
だが、予想に反し、僅か数十mを進んだところで、それは地上に落下した。
「戦車に装甲車、良いものを運んでやがる……」
輸送艦とは何かを運ぶ為の艦である。当然ながらその中には多くの兵器が積んである。それはかなりの規模の機甲部隊が出てきた。
「全軍に、対装甲戦の用意をさせよ」
携帯ロケット砲等々の対戦車兵器は十分に配備してある。市街戦ともなれば、戦車とて絶対的な優位を持つものではない。
「キエフは、右翼に移動せよ」
今度は空中の指揮だ。押され気味の右翼を支えねばならない。しかしこの調子だと、戦線は維持できなさそうと見える。
「やはり地上の指揮は誰かに任せねば」
「ジューコフ大将に任せればどうですか?」
「だが、流石に上官を使いすぎじゃないか?」
「まったく、今はそんなとこを考えている場合じゃないでしょう。軍の序列より勝つ方が優先です。早く話をつけて下さい」
「わかったよ」
クズネツォフ少将に押され、ロコソフスキー少将は再びジューコフ大将に通信をかける。
まあジューコフ大将が断ることはなく、クズネツォフ少将の言うようになった。
これでロコソフスキー少将は空中の指揮に専念出来る訳だ。だが、状況は依然として悪い。どちらかで負ければ、それは全体での負けを意味する。




