起死廻生の一手
「敵の水上戦力は、どのくらいだったかな?」
鈴木大将は回りの者に適当にたずねた。確かに、大将とて正確な数までは覚えていない。
「現状、確認出来る戦力は、戦艦4、巡洋艦15、駆逐艦18、及び湖上要塞6基です」
「駆逐艦が少ないな。もっとも、あまり関係はないが」
この狭い湖に集まっていると考えれば、大艦隊と言えるだろう。特に、戦艦にここで暴れられると、厳しいものがある。
「対して、我々が保有する水上戦力は?」
「戦艦2、巡洋艦8、駆逐艦20です」
「こういう感じです、殿下」
こちらも、空輸しているというクレイジーな方法を思えば十分な大艦隊と言える。しかし、軍人の比較対象は、自らの労力ではなく、敵の戦力である。
駆逐艦の数こそ勝っているが、あまり意味はない。劣勢には間違いない。それに湖上要塞もあるのだ。どうしようもなく思える。
「なるほど。確かに、正面突破でイルクーツクまでたどり着くのは不可能ですね」
「イルクーツクまで?」
「はい。恐らく、湖上要塞までたどり着くことは、可能ではないでしょうか?」
内親王殿下はさっと回りを見渡した。積極的に肯定する者はいないが、否定する者もいない。それは可能ではあるのだ。
「なるほど。殿下もなかなか過激な策をお好みのようだ」
鈴木大将は内親王殿下の意図を理解した。二人で悪党のような笑みを見せ合う。だが、他の人間は理解出来ていない様子だ。
「ええ、と?お二人は、何を考えているのですか?」
森大佐は言った。
「それは、殿下、ご説明願います」
「はい。簡単に言うと、湖上要塞を占領して、兵力を全てそこに移し、そのままイルクーツクまで乗り込んでしまえば良いのです」
「なるほど。確かに、湖上要塞は沈まないですからね」
失敗すれば全滅もあり得る危険な策ではあるが、上手くいけばイルクーツクも占領出来るだろう。湖上要塞までの道なら、何とか切り開ける。
「ですが、本当に海軍の艦艇を使い潰すことになりますよ」
「それは、そうだな」
湖上要塞にまで無理やり突っ込んだとして、その先で全ての敵に包囲されるのは免れない。はっきり言って、水上戦力の生存率は極めて低い。
「軍令部の逆鱗に触れそうだ」
「ええ。まあ、何とかなりますよ、閣下?」
「そうなるよな」
問題を起こして責任を取るのは総司令官であり、それはつまり鈴木大将なのである。彼は、後から面倒なことになりそうだと、ため息をついた。
「いえ、何かあったら、私が責任を取ります」
「殿下?」
「私が言い出したのですから、当然です」
内親王殿下は何食わぬ顔で言う。しかしこれについては、鈴木大将は反駁せざるを得ない。
「私どもは、皇室の方々をお守りする近衛艦隊、殿下に責任を押し付けるなどというとこは出来ません」
近頃の外征続きで忘れられがちであるが、鈴木大将は近衛艦隊の総司令官なのである。当然、内親王たる殿下に何かをさせる訳にはいかない。
ただ、鈴木大将も、この主張が論理性を欠いているとは自覚していた。これはある種の精神論とでも呼ぶべきものであろう。
「ですが、近衛艦隊は皇室に仕えるのでしょう?」
「それは間違いありません」
「ならば、私が閣下らに責任を取るなと命じれば、閣下は何も出来ないと思いますが」
「そう来ますか……」
そう言われると言い返すことも出来ない。確かに、作戦指揮に関しては、内親王殿下は鈴木大将に従うと取り決めたが、それ以外の場面での命令については、特に決まりはない。
捉えようによっては、内親王殿下の命令は絶対とも言える。しかし鈴木大将は譲らない。
「確かに殿下の命に我々は従うべきであります。しかしながら、殿下よりも高貴なるお方が、殿下を守るようにて我々に命じられました」
「父上ですか」
「はい。陛下がそう宣われました」
天皇は、鈴木大将に対し、叡子内親王の身を守るようにと命じている。それは帝国において最高の権威を持った命令なのである。
「よって、殿下の意思よりも陛下の意思が尊重させるのは当然である間、殿下に責任を取らせるようなことは致しません」
最後、鈴木大将は凄まじい速度でまくし立てた。殿下も怯んだ様子である。
「わかりました。そうであれば、致し方ありません」
「わかって下されば何よりです」
取り敢えず一件落着した。もっとも、こんな消極的な議論に時間を使うなど、非効率この上なかったが。
「概ね、この方針でいこうか?」
反論する者は特になかった。




