キエフ防衛戦Ⅰ
崩壊暦215年3月8日14:23
クラミツハの侵入までは計画通り。後は奴を上手く狩れるか、それが問題だ。
「どう言われても、私も向かうぞ」
「閣下、もう少し冷静にはなれませんかね?」
「冷静だぞ、私は」
「はあ……」
こんな時でもキエフの艦橋では、マレンコフ大佐と既に機動装甲服を身につけたロコソフスキー少将の言い争いが続いていた。
事の発端はと言えば、ロコソフスキー少将自らが陣頭に立って戦おうなどと言い出したことである。確かに彼は武人である。寧ろキエフの艦長をやっている方がおかしいのだ。それは事実である。
しかしそれにしても如何なものかと。彼はまずキエフの艦長であって、日本軍との戦いを指揮せねばなるない。それに飛行艦隊全体の指揮官でもある。
ほぼ全員が止めた訳だが、譲らず、艦隊の指揮は皆に任せるとの一点張りで主義を曲げないのだ。
「ならば、マレンコフ大佐、貴官がこれからキエフの艦長だ。頑張りたまえ」
「は?いや閣下、本気で言ってますか?」
「本気だ。時間がないのだ。こういうときは、誰かを指名した方が早い」
「確かにそれは真理でしょうがね……」
マレンコフ大佐には、何故だがこの提案を拒否する気もなかった。それは諦めなのか、内に秘めた技術屋としてのプライドなのかはわからない。
「私は銃撃戦の方が得意だというのは知っているだろう。ならば、通してくれるか?」
「ああ、わかりましたよ。皆さん、良いですか?」
マレンコフ大佐は奥の士官らに問いかけた。強く同意する者はいないが、反対する者もいなかった。よって、可決である。
「総員、マレンコフ大佐の命令は私からの命令と思い、速やかに正確に従うように。後、大佐は下のことは気にせずに戦い続けろ」
そう言い残し、ロコソフスキー少将は足早に艦橋から飛び出した。その後立ったマレンコフ大佐がかなり得意気にしていたのは、彼には知らせない方がいいだろう。
「諸君!来たぞ!」
「か、閣下!?」「来たのですか?」「本気でしたか…」
「おいおい、もっとやる気を出せ」
「「「はっ!」」」
まあやる気はあるのだ。ただ何かがおかしいと思っているだけである。
「まああい。作戦開始だ。第二部隊は指定のルートで回り込め」
「はっ」
今回、共和国軍は地上部隊を3つに分けた。そのうちの一つはロコソフスキー少将に直属し、艦橋の真下を守る部隊である。
そしてもう一つは、恐らく直進してくるクラミツハを背後から襲う部隊である。この狭い廊下で挟み撃ちを仕掛けるのだ。その後の戦い方も既に計画されている。
また残りの一部隊は、艦内に散開し、そこらに蔓延る屍人を逐次処理していく班だ。特に第一、第二部隊が側面から襲撃されないようにする。
因みに、他の船員は全て最下層の一室に詰め込まれており、そこに立て籠らせている。そうせねばならない程には、こちらにも余裕がない。
「いいか、奴は強い。私よりも強いかもしれない。しかし、それはあくまで個人としての話だ。集団でかかれば、どうということはない」
ロコソフスキー少将は銃を構える。正直に言って確実なところは分からない。一人で一隻の船を占領するような化け物との戦い方など誰も教えてはくれなかった。
実際、人数比で言えば、ソビエツキー・ソユーズの時の方が優位があった。しかし彼らは負けた。
しかし今の共和国軍には、当時はなかったものがある。それは情報である。ソンムの戦いのドイツ軍の如く、一度落ち着いてみれば、解決法が案外すぐに見つかることもある。
「第二部隊より報告。多数の破壊された隔壁を確認」
「やはりか。敵に意図を悟られぬよう、その場で待機だ」
「はっ」
奇襲は完璧なタイミングで行われなければならない。一人の個人を驚かす為にこうも神経を使う。それはあたかも子供の遊びのようだ。しかし失敗の代償は笑いではなく死である。
「赤外線は?」
「まだ映りません」
「了解だ」
思いの外クラミツハの足が遅い。警戒しながら進んでいるのか、或いはもうこちらの意図を察しているか。後者だとしたら早急に降伏を申し出るべきだろう。
第二部隊からも特別な報告はない。静寂が支配する時間は長かった。
「!…来たか」
「はい。来てます」
奥から爆発音がかすかに聞こえた。また赤外線センサーにもクラミツハの姿がはっきりと見えた。その姿はどんどん迫ってくる。
「総員、援護せよ」
ロコソフスキー少将が構えたのは銃、ではない。それは槍斧であった。
ハルバードは、その名の通り槍としての運用と斧としての運用が可能な武器であり、中世までは現役であった。
機動装甲服は達人が使えば殆どの小銃弾を跳ね返す。ならば物理的な衝撃で押し切る方が良い。しかしハルバードを使える人間などロコソフスキー少将くらいしかいないもので、こういうことになった。




