キエフⅣ
ネサクは取り敢えず敵が出てきそうなハッチの辺りに張り、敵の来襲に備える。しかしその前に心強い増援が現れる。
「残りは2か。まあ十分だ」
残りは全て落ちたが、残った2機の震洋がキエフの甲板に突入した。ついでとばかりにミサイルランチャーを破壊しながら。
「そこのはこっちだ!そこのはそっち!」
ネサクが叫ぶと、何の思考も見えない屍人はしかしその通りに動きだし、クラミツハを防衛する体勢に入る。
たどり着いた屍人は計百と少しである。艦内での戦闘においては、いないよりは遥かにましだが、いても大したことは出来ないだろう。しかし今は必要だ。
もともとはクラミツハとネサクだけで制圧する予定で、それならば屍人など必要ないのだが、クラミツハが想定外のところで負傷したことで、殆ど不可欠の役割を担っているという訳だ。
ある程度の警戒線を構築し終えたとこらで、ネサクは再びクラミツハのもとへと歩み寄る。
「どのくらいで治りそうだ?」
「完治までは、数時間はかかりそうです。ですが、だいぶ体を動かせるようになりましたよ」
そう言うとクラミツハはすんなりと立ち上がった。問題ないではないかと思われたが、よくよく見てみると、どこかぎこちない歩き方をしている。
それはダメだとネサクは引き止める。そんなのでは戦闘にならないと。
「しかし、そうなると、もう詰みですが」
「機動装甲服を着れば、何とかなるか?」
「はい。殆ど問題ないでしょう」
機動装甲服の「機動」という側面は、傷病者をも前線に送り込める可能性を秘めている。機械的に、僅かな動きを大きく強い動きに変換出来る。
設定を弄れば、殆ど足が動かないような人間でも簡単に歩けるようになるのだ。クラミツハなら、これで十分だろう。
「だが、ここで機動装甲服を開くのは不味いんだろ?」
「ええ。敵の磁石が向かない艦内に入る必要があります」
「なら、さっさと突入しよう」
「そうですね。お願いします」
作戦は決定した。
ネサクは爆薬をハッチに取り付ける。そして少し離れるとそれを起爆する。艦内へと続く穴が空いた。
「よし、お前ら、進め!」
ネサクが叫ぶと、蠢く屍人はぞろぞろと艦内に侵入していった。暫くの時間稼ぎの為である。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
二人は走り、荷物を投げ入れ、自らも穴の中に飛び込んだ。中に敵の気配はない。ただただ屍人の低い呻き声が木霊しているだけである。
「少し離れろ」
二人の周囲から屍人が離れていく。二人は円上の結界にでも守られているような格好となった。
「着るんだろ、これ」
ネサクは機動装甲服を投げた。因みに彼はそれを着る気はない。彼はどちらかと言うと指揮官か後方支援タイプなのだ。バーサーカーはクラミツハだけでいい。
「はい。どうも」
まずは軍服を脱ぎ、機動装甲服の各部を装着していく。機動装甲服は、服とは名がついているが、服のように一枚に繋がったものではなく、各部の装甲を順次着けていく形をとる。
「ちょっと、手伝ってくれますか?」
「いいが、何だ?」
「脚の方の服をです」
「お、おう」
確かに、背中を負傷しているクラミツハにしてみると、体を曲げて脚の方に手を伸ばすのは辛いのかもしれない。ネサクは素直に従う。
「なあ、やり方がわからん」
「ああ……まあ、教えますから」
「頼んだ」
機動装甲服などここ最近全く着ていないネサクにとって、この作業は難易度が高過ぎた。
膝の上と下に装甲を巻き付けるのうに装着し、その間を機械化間接で繋ぐ。そして最後は腰の方の装甲に接続する。
「際どいんだが」
「そんなこと気にしないでしょう?」
「まあな」
そうして作業は完了した。銃を持てばいつものクラミツハの復活である。また、機動装甲服があれば普通に歩けるし走れるようだ。
「さて、目標は艦橋です。どうします?」
「俺が屍人を艦内のあちこちに拡散させて、その間にお前が艦橋を制圧する、でいいか?」
「はい。それでいきましょう。では」
クラミツハは歩き出す。そしてネサクも屍人を繰る。
やはりキエフにも隔壁は沢山あり、それらを片っ端から破壊せねばならない。
クラミツハは爆薬を適宜設置していく。隔壁とて、もともとは戦闘用ではなく、すぐに砕ける。
他方、屍人の方ではそんな器用な真似はしない。屍人に持たせたハンマーで殴る。兎に角殴り付け、強引に倒壊させる。それがネサクのやり方だ。
一枚を破壊して、まず、敵はいなかった。しかし妙だ。人間の気配がなさ過ぎる。まるでキエフが幽霊船であるかのようだ。
しかし、それはそれで構わない。どの道、これを制圧する手段はある。
その後、クラミツハは、その様子に構うことなくひたすら前進し、艦橋を目指した。その間もキエフは動き続けている。




