キエフⅠ
その後帝国軍は前進し続け、ついに半包囲か完成した。とは言え、今のところは攻勢をかけることはなく、様子見といったところである。
「そろそろ攻勢に出てもいいのでは?」
「そうだな……よし、全軍、砲撃戦を開始する。但し、退こうとすれば退ける距離を常に維持するように」
「はっ」
帝国軍は包囲を狭め、砲撃を開始した。敵も同様に反撃する。
しかし両軍とも消極的であり、大した被害は出さない。小破や中破はあれど、大破やら轟沈といったものはない。
鈴木大将が期待した敵の行動は、何もなかった。結局、膠着に変わりはない。
しかし、変化が訪れた。
「敵中央、動き出しました」
「やっと来たか。さて、どう出る?」
ちょうど和泉の正面の敵艦隊が動き出した。ゆっくりとこちらに向かってくる。何をする気なのか、見ものである。
「閣下、あの突出している艦を沈めるべきです」
内親王殿下は言う。それは、はっきりと分かりやすい陣形を保った艦隊の中で陣形を半ば飛び出してきた戦艦のことである。
「確かに、怪しい」
「どうしますか?」
「沈めます。第一艦隊、あの艦に砲火を集中せよ!」
全ての砲門がそれに向けられた。十字砲火がそれを襲う。それはすぐに沈むだろうと思われた。しかしそれは予想外にしぶとく沈まなかった。
「いつの間にか帝国軍近衛艦隊の技量は地に落ちていたのかな?」
鈴木大将は苛立ちを隠さない。あの明確な目標を艦隊総てを動員して狙っているのに、一発の命中すらないなど、言語道断である。
だがその艦から煙が上がることはない。やがて鈴木大将も、何かがおかしいと思い始める。
「あの艦を限界まで拡大し、モニターに映せ!」
艦橋のモニターに、その艦の姿がどんどん迫ってくる。映像はやはり荒い。そしてモニター一杯がそれの姿となった時、彼らは全てを理解したのだ。
「砲弾が、止まっている、だと?」
「はい。そう、見えます……」
意味がわからない。何が起こっているのだ。それに最接近するまでは風を切る勢いで飛翔していた砲弾が、それに迫った途端、何かがそれを摘んで止めているかのように速度を落とし、ついにはただの鉄塊としての意味しかなさなくなった。
その質量で装甲の表面を傷つけることには成功しているが、それ以上は何もない。
これは、帝国軍にとって、余りにも未知の技術であった。
だが、対応が思いつかない訳でもない。
「閣下、徹甲弾が効かないなら、炸裂弾を使いましょう。多少なりとも被害は与えられるはずです」
内親王殿下は言った。その瞬間、鈴木大将は、現実的な方面に引き戻された。
「わかりました。全艦、炸裂弾に換装!砲撃を継続せよ!」
今は敵の能力に対して対症戦術を行うしかない。敵が弾丸を宙で止める超能力を持っているのなら、そもそも力学的エネルギーに頼らない炸裂弾を使えば、あるいは何とかなるかもしれない。
「後は、少しでも手が空いている人間は、文明崩壊以前の資料から、あれに似たものがないかを確認せよ。何らかの対処法が見つかるかもしれない」
明らかに現行の技術力を逸脱した兵器は、確かに存在する。戦艦大和もそうであるし、アルテミスやカルタゴもそうである。
そして、それらは全て、文明崩壊の前に建造されたものの生き残りである。ここに現れたそれも、この類であろう。
そしてそれらには共通点がある。それは、何らかの手段を講じれば必ず撃破出来るということ。
いくら今の人類が技術を失っているとは言え、原始時代にまで退行した訳ではない。人が作ったものならば、人の手で必ず破壊出来るのだ。
さて、そうこうしているうちの主砲弾の換装は完了した。
「全艦、撃ち方始め!」
砲撃が始まった。すぐに一発の砲弾がそれの真上に迫った。
「いけるか!?」
加速度的に減速する砲弾は、確実に敵艦に迫る。そのまま落ち切れば、爆発し、それなりの被害を与えるはずだ。
「な……くそっ!」
それは失敗した。炸裂弾はそれの数十m上で爆発し、敵艦に煤をかける以上の戦果をもたらさなかった。よく見ると、それの甲板には無数の対空砲が設置されており、空中で減速したところを撃ち落としていた。
「万事休す、か」
最早、通常の手段でそれを沈めるのは不可能だった。通常の手段ならば。
「ここで、あれを使うのか……」
「震洋、ですか?」
「はい、そういうことになります」
一つ、あれの欠点を述べるとすれば、あれは飛んできた物体を完全に破壊するほどの破壊力を持たない。つまり、いくら勢いを喪失しようと、敵艦に貼り付いてしまえば勝ちである震洋ならば、勝機は十分過ぎる程にある。
これが、鈴木大将の出した答えだ。




