鬨の声
「閣下はお気に召されませんか?」
「ああ、それは間違いない」
「では、あくまで自爆は認めないと」
「そういう訳でもない」
態度をはっきりさせないジューコフ大将に、クズネツォフ少将は若干苛立った。
「では何なのですか?」
「私はあくまでそれを好かないというだけだ。嫌いではあるが、禁止はしない。それだけだ」
「わかりました。では、私が必要と判断した場合は、自爆も選択肢に含めることとします」
「ああ、わかった」
ジューコフ大将がこういう作戦を嫌うというのは既に分かっていた。だが、一人の人間としての良心を殴り捨ててでも貫くべき合理性があると、クズネツォフ少将は信じている。
「だが、再確認だが、自爆を前提として行動するなよ。敵と正面から戦い撃破し撃退することが最優先だ。それだけは曲げられない」
「もちろんです。あくまでこれは最悪の場合の選択に過ぎません。尋常な手段による勝利の可能性も十分にあります」
「それでいいんだ。まったく、貴官の物言いが、いかにも危険なんだよ」
「申し訳ありません」
クズネツォフ少将も、言い方が悪かったという点については反省していた。素直に頭を垂れ謝罪の意を示す。それはいっそ大仰過ぎる様であった。
「貴官は何も悪事を働いたわけじゃないだろう?そこまで謝ることはない」
「そうですか。でしたら、今後は改善に努めたいと思います」
「是非、そうしてくれ」
これにて一件落着である。
本当に僅かな亀裂であっても、それが原因で全体が崩れ落ちることはままあることだ。新品同然にして一切の傷を許さない指導部こそ、戦争には不可欠。全ての不和は尽く解消されねばならないのだ。
さて、その後将軍達は各々の旗艦で活動を始める。特にロコソフスキー少将は、キエフの戦闘員全員に声をかけて回っていた。
多くは適当なの労いくらいのものであったが、陸戦部隊の居室に関しては、非常に長く居座っていた。
「諸君、機動装甲服と自動小銃の準備は万全か?」
と、新装備のメンテナンスをしていたところ突然侵入してきた少将に、屈強な兵士らも動揺が表に出ている。
「はっ!万全であります!」
「全て不具合なく動いております!」
「よろしい。準備というのは既に戦闘の一貫だ。今まさに敵が目の前にいるという気持ちで整備にあたれ」
「はっ!」
元気は良くて大変結構。少なくとも士気の面では問題などちっとも見当たらない。
「諸君、わかっているだろうが、諸君こそ、この戦いの勝敗を決する。キエフにとって唯一の脅威は、白兵戦に持ち込まれることだ。敵もすぐに理解するだろう。キエフが敵の手に渡ることだけは、何としてでも避けねばならん」
また返ってきたのは威勢の良い掛け声の数々であった。彼らは決してただの戦闘狂ではなく、祖国を守らんとする壮絶な覚悟を決めた者たちなのだ。
「キエフの守りは諸君に任された!共和国に勝利を!」
「「「共和国に勝利を!!!」」」
決死の突撃を仕掛ける前のような雰囲気を出してしまった。それにロコソフスキー少将は後悔した。何故なら、まだ会敵までは数十分の猶予があるからである。
「まあまだ戦闘には早い。各自、自身の装備品はその金具一つに至るまで点検し、戦闘には備えよ」
何かタイミングを間違えたようなわだかまりを残しつつ、ロコソフスキー少将は艦橋へと戻った。艦橋は既に臨戦態勢である。敵がレーダーに映るようであれば、艦橋にとってそれは戦闘状態に等しい。
「マレンコフ大佐、核融合炉は正常に稼働しているか?」
「はい。正常に、また出力も安定していますよ」
「余剰はあるだろうな?」
「もちろんです。今は過剰なエネルギーを莫大な熱として放出しているといった感じです」
出力を強くしたり弱くしたりして不測の事態が起きないよう、核融合炉の出力は常に最大にしてある。
但しそれだと過剰なエネルギーが氾濫するから、こうして熱として放出している。
そしていざ本番となれば、そのエネルギーを全て戦闘に回すという訳である。
また、計算上、戦闘を行ってもなお余る程のエネルギーが生産されており、エネルギー不足はあり得ないとされている。
「よし。そのままを維持しろよ」
「勿論で、あります」
キエフの状態は万全、後は実戦でこれが上手く機能するかどうかだ。
「全艦、敵は既に迫っている。これより『皇帝の目覚め作戦』を開始する。よって我々は戦闘状態に入る!祖国を守るため、全てを尽くせ!」
両軍の距離は100kmを切った。ついに戦端は開かれた。




