激励
さて色々とあって、気づけばもう出撃の日である。
この日、ハルビンに駐屯している艦隊の中で、例の激励演説が行われることとなった。また流石に全員を集めるのは不可能であるから、放送で行われる。
但し、内親王殿下の意向により、わざわざ起立したり拝礼したりすることはないとされた。それはもちろん禁止ではない。
内親王殿下曰く、そのようなことを強制すれば寧ろ士気が落ちると。まあ実際、その通りだと言わざるを得ない。
「帝国臣民また帝国軍の皆さん。私は、天皇陛下の第一皇女、叡子内親王といいます」
早速、演説は始まった。
しかし、この最初の言葉から、艦隊が騒然とし始めた。まさか天皇に次いで高貴とも言える内親王殿下が自ら演説をするとは思わなかったのである。
中には自ら起立する者もそれなりの数があった。
「鈴木大将より、今回の戦いが帝国の命運を決めるということ、そして、この戦いでは未だかつてないような白兵戦が展開されるとお聞きしています。オホーツクでも市街戦がありましたが、今度のそれは、更に激しいものになると予想されると」
鈴木大将から言い出したことではないのだが、殿下はそう言った。恐らくは、より説得力のある方を選んだのだろう。
「白兵戦は、艦隊と艦隊の戦いとは違い、各々の兵の士気が勝敗に直接関わってくることでしょう。主砲に頼って戦うことは出来ません。自身の体で戦うのです。特に陸戦部隊の方々は、あなた方自身が帝国の命運んを決めると言っても過言ではないのです」
内親王殿下には普段は見せない闘気が見えた。
「帝国の命運を決するのは、まさにあなた自身、兵卒の一人一人であるのです。帝国軍は臣民の力によってこそ帝国軍たりうるのです!
天皇陛下もこの勝利を天上の神々に祈っておられます。
また私も、あなた方の勝利を願っています。私も共に戦います。この皇国の名にかけて、必ずや勝利を掴み取るのです!
私たちには、建国三千年以来、数多の神々や神武天皇より連なる先帝のご加護があるのです!
皇国の興廃、東亜の命運は此の一戦にありと心に刻んで戦いに挑みなさい!
以上」
なかなか強烈な終演を迎えた後、叡子内親王は思わず側の椅子に座り込んでしまった。
「殿下、お疲れですか?」
鈴木大将は言う。
「ええ。大したことは言っていないのですが、こういうことは初めてで、疲れてしまいました」
「でしょうね。まあ殿下は暫くお休み下さい」
肉体的に疲れたというよりは、数千人に向けて演説をするという緊張の為に疲れたのだろう。もっとも、それは軽んじられるべきものではなく、寧ろしっかりとした休息を適切に取るべきである。
「もう出撃の時間ですよね?」
「はい。ですが、まだもう少し、暇がありますから」
実際、イルクーツクに最も近い都市とは言え、全速力でも数時間かかる距離にある。今すぐに戦いが始まるという訳ではない。
「でしたら、遠慮なく、休ませて頂きます」
「何かあれば人を寄越しますので、叩き起こされるかもしれませんが、それまでは安心してお休み下さい」
「ふふ。ありがとうございます。ではまた後で」
「はい。では」
本当に疲れていたのだろう。案外素直に応じ、部屋に戻ってくれた。因みに、内親王殿下とは言え、部屋は普通の将官と同じものである。また彼女はここでは少佐と同じ待遇となっている。
それを見送った後、無駄に豪華な廊下を通り、鈴木大将は艦橋へと向かう。
「閣下、内親王殿下と最近お近づきになっているようでありますな」
入って早々、森大佐は言った。
「それは、私が帝国臣民で、殿下が皇族である以上、お仕えするのは当然のことだろう」
「それも確かに正しいことでありますが、こう、良からぬ方向に進んでいるのではないかと、噂が立っているのですよ」
「は?そんなことはない」
確かに、歳は割と近い。そういう意味ではあながちアリなのかもしれない。それに大将自身の出自としても問題はない。が、そんな与太話は切り捨てるべし。
「あくまで噂ですので、はい」
「次その話をしたら、抗命の咎で銃殺するから、覚悟しておけ」
「はっ。以後、気をつけます」
「はあ、では、最後に全艦隊の状況を確認せよ」
いつも通りの作業だが、今回は少し気にかけるべきものがある。
「桜花、震洋、そして『第三艦隊』については、念入りに確認するように」
いずれも運搬が面倒な兵器の群だ。
桜花、震洋については、下手をすればホラー小説さながらの大惨事が起こる。
そして第三艦隊というのは、海軍の方の第三艦隊のことである。五大湖の時と同じく、水上戦を空輸するという荒技を今回もやってのけるつもりだ。これで輸送艦が故障でもしたら、陸海軍の内戦待ったなしである。
「全軍、点検を完了し、離陸の準備が整いました」
「よし。全艦、これより、イルクーツク湖上要塞攻略作戦、メ号作戦を開始する!」
メ号作戦というのが、今作戦の名である。
鋼鉄の艦隊は、遥か西へと飛び立った。




