侵攻に先立ち
高校生活は忙しいのですよ。(知らん)
さて、やはりアメリカ西海岸からロシア東部までは距離がある訳で、イルクーツク侵攻が決まったからと言って、直ちに増援が届く訳ではない。
「ですが、北極を通ってくれば、より早く到着するのではありませんか?」
叡子内親王は鈴木大将に諮問する。それは増援部隊の経路をなんとはなしに説明した時のことであった。なるほど、やはり彼女は稀に基礎知識が欠けている事がある。
「地図の上ではそれが最短ですが、何分北極というのは寒く、飛行艦で通過するのは多大な困難を伴います」
「現代の技術でも、寒さには勝てないのですか?」
「勝てないことはないのです。通過しようと思えば、殆ど無傷で通過するのはことも出来るのです」
「では、何故です?」
「それは、一度、殿下自身で考えてみて下さい」
鈴木大将はやはり、内親王殿下を試したくなってしまうのである。今回もやけに意地悪な調子で質問を投げかけてみた。
もっとも、殿下の方はかなり乗り気なようである。
「やはり、コストが割に合わないのですか?」
「それも一つの原因ではありますが、致命的なほどではありません。もっと簡単な原因ですよ」
かつては北極の氷がなくなりかけたこともあったが、現在ではロシア沿岸に至るまでに回復している。それはもちろん人類の99%以上が死亡するか屍人と化したからである。
文明から排出される温室効果ガスが極めて減少したのに加え、光合成を基本とする屍人が二酸化炭素を大量に吸収したというのも大きい。
人類以外の全ての生物にとって、このウイルスはまさに天恵だったのだ。
「ああ、基地が置けないからですか?」
「正解です。加えて、飛行不能になった艦の回収も困難となるため、北極を通るのは好ましくないのですよ」
まず氷の上には補給基地が設置出来ない。そうなるとやはりコストが嵩む。
更に大きな原因は後者である。この時代、基本的に沈んだ艦は回収すべきである。世界中どこかしこも資源が足りないからだ。
だが氷の上だとそれは困難である。沈めばそのままだ。
それを見越し、ソビエト共和国の北極海沿岸には、北極に向けて多数の重砲が設置されている。突破は可能だが、やはり艦が失われるのは誰もが嫌がる。
「なるほど。ありがとうございます」
「どういたしまして」
取り敢えず、殿下の疑問は解消されたようで何よりである。しかし殿下は何かを言いたげであった。
「何か、あるのですか?」
「ええと、私がここにいてもいいのかなと思いまして」
「それはまた、どうしてです?」
鈴木大将には甚だ疑問であった。彼女は寧ろ有能な人間の部類に入ると確信しているからだ。
「帝国の現状を顧みるに、一度失敗すれば取り返しのつかないことになるというのは、私でもわかります。そこで私がいたら、もし私のせいで敗北するようなことがあらば、もう死んでも償いきれません」
「そういうことですか。では、断言しておきましょう。そのようなことは、断じて、ありません」
鈴木大将はそう強く言い切った。そう本心から思っていた。
「しかし……」
「まず、殿下は、並みの将官よりも遥かに優れておられる。私は貴女が皇族であることなどちっとも気にしてはおりません。貴女が無能であったならば、精々、輸送艦から戦闘の視察でもさせていたでしょう。しかし、貴方はそうではない。寧ろ作戦の成功率を高めるため、貴女に働いてもらうのですよ」
「え、ええと…?」
「まあ、殿下は何も気にせずにそのお力を発揮して下さい。もしも負けることがあらば、それは私の責任ですから。もっとも、この私が負ける筈はありませんが」
「わ、わかりました。では、閣下についていかせて頂きます」
「こちらこそ、宜しくお願いしますね」
なかなか不敬罪になりかねない発言を繰り返した説得であったが、内親王殿下は自信を取り戻した。
特に今回の戦いでは、陸海空の戦いが同時に展開されると予想される。多数の観点から戦場を観察出来た方が望ましい。故に、人材は一人でも多い方が良いのだ。
「ただ、やはり殿下には、とある仕事をお任せしたい」
「仕事?」
「殿下には、兵の士気を高めて欲しいのです。帝国臣民ならば、内親王殿下ご自身の閲兵に、喜ばない筈はありませんから」
使えるものは使わねばという主義のもと、鈴木大将が要請したのは、皇族という身分を活かし、兵を激励して欲しいというものだった。
特に、白兵戦が大いに予想される今回では、兵士の士気が戦況に直接関わってくるだろう。
祖国防衛というかなり明確な大義があるソビエト共和国に対抗するには、こちらよそれなりのものを使わねば。
「わかりました。私しか出来ないこととあらば、喜んでお受けします。少しでも、役に立ちたいのです」
「その意気で、お願いします」
かくして、内親王殿下が兵を激励するというのは決定された。




