伊藤-チャールズ会談Ⅱ
「それにしても、どうしてこのような戦争が起こったのでしょうか?」
伊藤中将は、テレビのコメンテーターみたく言う。
「それはつまり、誰が戦争を起こしたのか、という話か」
「そうです。今の戦争についてここで話すのは、流石にまずいですが、この話題なら、何とかセーフでしょう」
「ああ、そうだな」
伊藤中将もチャールズ元帥も、開戦に直接的には関与していない。どのような結論を迎えたにせよ、責任を持つのは原首相かルーズベルト大統領だろう。
アメリカ連邦においては、そもそも軍隊が政治に関わらないと決められていた。チャールズ元帥が開戦の決定そのものの介入する余地はなかった。
大日本帝国においては、軍部もそれなりに政治に参与するが、少なくとも伊藤中将は何も発言していない。
よって、純粋な歴史の考察として、この話題を論じようという訳である。
「しかし、どこから進めればいいんだ?」
チャールズ元帥はこういうことには慣れていない。いざ戦争となればいくらでも戦略を立てられるが、そこに至る外交に関しては、全くの門外漢なのであった。
「まずは、『戦争を起こす』とは何を指すのか定義する必要があります。おおよそ世間で収拾のつかなくなる議論というのは、これがなっていないことが原因です」
アイゼンハワー少将は言う。なるほど非常に素晴らしい。
「な、なるほど。確かに、日本が宣戦布告したからといって、日本が戦争を始めた、とはならないからな」
チャールズ元帥も、言われれば理解は早い男だ。
「定義とするならば、両国の戦争が不可避となる決定打を放った国、ということですかね」
伊藤中将は言う。
「なるほど。じゃあ、それでいこう」
「ではまず、どこで戦争が不可避となったか、について合意を得なければなりません」
「それって、オーストラリア戦争が始まった段階、じゃないんですか?」
そう雨宮中佐が指摘するのは、アメリカ連邦がオーストラリアに出兵し、いよいよ本格的なオーストラリア争奪戦が始まった段階のことである。つまり、ここを取ると、アメリカが全面的に悪いということになる。
「それは、早すぎるぞ、中佐」
「そうなのですか?」
「ああ。あれより後にも、両国が妥協できる可能性はあったからな」
「確かに、そうですね」
これがプロパガンダなら雨宮中佐の説を全面的に採用するが、中立に議論したい今は、中立な伊藤中将はこれを否定した。米軍の二人も頷いた。そして雨宮中佐はしょげた顔をしてしまった。
「その後、日本もオーストラリアに介入し、戦争が激化。そこで転機を迎えるのは、日本の、ええ、何だったな……」
「『豪州は大東亜の生命線』という声明ですか?」
「ああ、それそれ。それに連邦も一歩も退かないと表明し、そのまま戦争に至る、でいいか?」
チャールズ元帥が指摘するのは場所は、恐らくは正解だ。それまで水面下の交渉が続いていたのだが、ついに決裂。帝国が半ば最後通牒のような形で発した声明に、アメリカも同様の声明を出し、宣戦布告に至ると。
ここで引き返せなくなったというのは、全員が同意した。どうやら議論は、ここで悪かったのは誰だったのかという方向に進みそうである。
「そうだな……私は、あそこで日本が退くべきだったと思うぞ」
「何故です?」
「そもそも、オーストラリアはアジアじゃない。オセアニアだ。大東亜連合に、これに干渉する権利はないのではないか?」
チャールズ元帥の見解は、日本の方が悪かったというものだ。
「では逆に、アメリカ連邦がそこに介入する正当性とは?」
「それは、マニュフェスト・ディスティニー、かな?」
チャールズ元帥はとぼけたこのように言った。当人も、アメリカ連邦に正当性など微塵もないことはりかいしているのだろう。「マニュフェスト・ディスティニー」とは旧アメリカ合衆国の西方侵略政策(通称、西部開拓)を正当性する為のプロパガンダだが、それを使うあたり、なかなか上手い。
「では、アメリカ連邦に豪州介入の正当性は皆無であったと理解していいですね?」
伊藤中将はやけに強気に問いかけた。
「そうだが、逆に日本にあるのか?」
「生存圏、という言葉はご存知ですよね?」
「知ってはいるが」
「アメリカ連邦の生存圏は、明らかに南北アメリカ大陸です。一方、帝国が生存圏は、強いて全ての領域を列強で分割するとすれば、東亜とオセアニア全域でしょう。生存圏を逸脱しての拡大は、許されざる行為ではないでしょうかね」
要は、近いから干渉も許されるだろうという話である。それに、モンローよろしくアメリカはアメリカに引きこもっていろという話でもある。
「生存圏なんて、今時使う言葉じゃないだろう」
「はい。全くその通りです」
「ん、んん?」
伊藤中将はものの見事に手のひらを返した。
「まさか、20世紀後半以降に生存圏確保を図る国なんてありませんよ」
つまり、日本もアメリカも正当性など皆無ということだ。




