伊藤-チャールズ会談Ⅰ
兎も角、両軍の代表者及びその副官か一堂に会することとなった訳だ。
しかしこれは、暖かい話とかで済まされる問題ではない。発覚すれば即軍法会議ものだが、何故か誰も止めようとしない。
「さて、伊藤中将、今は政治の話は抜きにして、軍人として、この戦争を語らおうじゃないか」
チャールズ元帥は言う。まあ順当な流れだ。記録にも残らない、非公式な、いや違法な会談なら、何を言っても構わないのだから。
「中将は、この戦争を続けたいと思っているか?」
「は?逆にお尋ねしますが、閣下はそうではないのですか?」
伊藤中将は、思わず聞き返してしまうほどには動揺した。これは、腹を割ってという加減をとうに殴り捨てている。
「まさか、私が戦争を続けたいとでも思っているのか?」
「は?失礼ですが、閣下は事実上の国家元首でしょう。あなたには、この戦争を終わらせる権限も力もあるはずだ」
「確かに、終わらせようと思えば、終わらせられるかもしれない。だが、既に民衆は止められない段階まで沸き立っている。一歩間違えれば、アメリカは崩壊だ」
「なるほど。閣下とて、民衆には逆らえないのですね」
それは恐らく、対日妥協をアメリカ人が許さないという話だろう。ここで唐突に講和でもすれば、日比谷焼き討ち事件並みの暴動が各所で発生しかねない。そして、この時代においてそれは、国家の崩壊を意味する。
「閣下がそうまで言うなら、私も素直に応えましょう。はっきり言って、私も、この不毛な戦争など続けたくないのです」
「おお。やはり、貴官程の軍人なら、立派な心構えだな」
「ありがとうございます。しかし、一つ謝らなければならないことが。私は、この瞬間まで、閣下が積極的に帝国との戦争を進めているのかと思っていました。しかし閣下も、不本意な戦争を続けざるを得ないのですね」
「ああ、流石だな。そう理解してくれる友人が出来て嬉しいよ」
結局、どちらも戦争を望んでなどいないのだ。ただ、何かの拍子に開けてしまったパンドラの箱が、想定外の泥沼だったのだ。
「じゃあ、閣下がアメリカ人を憎んでいたのって、そういう理由からだったんですか?」
と、唐突に雨宮中佐が口を挟んでくる。
「ああ。勝手に帝国に喧嘩を売り、その後も帝国に妥協しようともしない、悪魔みたいな奴だと思っていた」
「おいおい。ひどい言われようじゃないか」
「まあ、これでその誤解も解けました」
「それは良かった」
伊藤中将からすると、アメリカ連邦は侵略者だった。それを殲滅することに、さしたる躊躇も感じなかった。しかしその実行者の話を聞いてみると、彼らはおよそ侵略者とは正反対の性格をしていたのだ。
「ですが、いずれにせよ、もう後戻りは出来ません。戦争を終わらせるには、我々は全力で殺し合いをしなければなりませんから」
アイゼンハワー少将は言う。
「そうしないと、誰も納得しないってことか」
「はい、閣下。勝利か、然らずんば死か。これが両国の関係なのです」
中途半端な妥協は不可能である。ならば、どちらかが完全に屈服するまで戦争を邁進するしかない。
さすれば、戦勝国の国民は無論受け入れるし、敗戦国の国民も、諦めがつくだろう。それが唯一の終わりだ。
「当然、勝利するのが帝国になるまで、手を抜くつもりはありません」
「私とて、連邦が勝利する未来を確信しているさ」
将軍二人は言う。しかし、勝気な言葉とは裏腹に、どちらの顔も悲しさを帯びていた。
戦争を終わらせるには、どちらかが屈服しなければならない。それが自国であって良いはずがないのだ。結局、これからもやることは変わらないということ。誰にも妥協は出来ないのだ。
「ああ、そうだ。ルーズベルト大統領は、お元気かな?」
チャールズ元帥がそう言った瞬間、二人は同時に黒い笑みを浮かべた。この大統領こそ諸悪の根源。今でこそ帝国の庇護下にあるが、伊藤中将とて彼は好かない。
「ええ。たいそうお元気で、立派に公務を遂行していますよ」
「それは素晴らしいな。今度大統領に会ったら、チャールズ元帥が『今後ともお元気に職務を全うして下さい』と言っていたと、彼に言っておいてくれ」
「わかりました。必ずや、奴に伝えておきましょう」
そして二人は大いに笑いあった。
ルーズベルトだけは、いくら話のネタにしても、誰にも文句を言われない。大本営もホワイトハウスも、彼をいち早くこの世から削除したいという思いは共通している。また同時に、道具として使える限りは使い潰してやろうとも思っていて、偶然今は帝国の番だ。
取り敢えず、両者の親交を深める道具になってくれたことには、感謝しておこう。




