サンパウロ会談Ⅱ
「なるほど。その話自体は、全く妥当であり、疑う余地もありません」
「でしたら…」
「しかし、だからと言って、参戦しようという話にはなりませんよ。確かに、参戦すれば、戦利品を得られるのでしょうが、しなかったところで、失うものもまた、ない。現状が維持出来れば、我々はそれでいいのです」
ヴァルガス大統領もまた譲らない。彼が望むのは領土的なものではなく、通商から来る収益であった。究極的には、北米を誰が支配しようとも、それとの交易が盛んであれば良い。
北米進出の余力もない南米としては、わざわざ自らの血を流さずとも、それで十分なのだ。
「それに、我が軍の非力は理解しているでしょう。ボリバル元帥、説明を」
今までのずっと黙っており、かつ地味な男であったが、ボリバル元帥は元帥であり、南米軍の最高司令官である。彼は語りだす。
「我が軍の戦力は、合計しても1個艦隊分にしかなりません」
「アメリカ連邦との条約ですか」
「はい。アメリカ連邦とは、同盟こそ全く結んでいませんが、ある種の軍縮条約を結んでいます。つまり、メキシコから兵を退く代わりに、我が軍はこれ以上の戦力を保有しないこととなりました」
「なるほど。それについては、既に知らされていますよ」
まさか敵国との条約を挙げてくるとは。アメリカ連邦が消滅すれば必然的に消滅するそれを持ち出すというのは、なんとまあ。
「この程度の艦隊では、敵国への侵攻など出来ません。出来ることといえば、精々、侵略国への抵抗くらいなのです」
「ほう。確かに、それもそうかもしれませんね」
伊藤中将はわざとらしい笑みを浮かべた。
「侵略国」とは何を指すのか。普通に考えれば、旧体制のアメリカ連邦だろうが、同時に帝国を示唆している気しかしない。
あくまでも中立を貫くという姿勢が凄まじい。まあその動機は不明なのだが。
「しかし、かつては統一のなかった南米ですが、それでもアメリカ連邦に抵抗出来た。それが統一されたとなれば、相当な力を持つように思われるのですよ」
「何を仰りたいのです?」
ボリバル元帥は苦虫を噛んだ顔をした。それは一瞬であったが、伊藤中将は見逃さなかった。
「潜在的に、果たしていくらの艦隊を用意出来るのでしょうか。そもそも、輸送艦を改装すれば、即座に相当な戦力を用意も出来るでしょう」
例えば戦艦クラスの大きさの輸送艦を用意しておけば、それに艤装を施すだけで、たちまち戦艦に早変わり出来る。南米連邦ならばそのくらいやっているだろうと、伊藤中将は踏んでいる。
「それは貴国も同じでしょう。兵站を無視するのであれば、今すぐに2、3の艦隊は用意出来るのでは?」
「それは確かに。しかし、確かに帝国は大量の物資を大東亜から運ばねばなりませんが、南米からならば、輸送艦がなくとも、兵站の維持は可能でしょう」
「非現実的です。単純な戦略論として、そのような戦略は認められません」
ボリバル元帥は否定する。やはり、何が何でも参戦はしたくないと見える。
「中将閣下、閣下は、我々に対アメリカ連邦の参戦を、そこまで望んでおられるのですか?」
ヴァルガス大統領は言う。
「ええ。勿論」
伊藤中将は、当然だと言わんばかりに応えた。先程からずっとそういい続けているではないかと。
「なるほど。帝国軍とは言え、我々に参戦を乞う程に余裕がないのですね」
「そ、そんなことはありませんが」
「ならば、我々に参戦を乞うのは、何故なのですか?」
ヴァルガス大統領は今、攻勢に転じた。
「別に、圧倒的に優位な状況であろうとも、少しでも楽をするべきなのが、戦争です。勝てるとしても、楽に勝った方がいいでしょう」
苦しいが、一応筋は通っている。しかし、それは最早、力を持たない言い訳に過ぎなかった。
たった数年の戦争を楽に勝つよりは、戦後の権益を独占する方が有益に決まっている。それならば、参戦を要請などしない筈だ。
「残念ですが、南アメリカ連邦は、今後とも中立を貫かせて頂きます。今日のところは、お帰り下さい」
勝負は決した。ヴァルガス大統領の勝利だ。また、これ以上の抵抗の無意味なのを理解した伊藤中将は、素直に退却を宣言した。
かくして、帝国の思惑は、完全に失敗に終わった。
帝国陸軍の一行は、サンパウロ空港に向かおうとした。
しかし彼らはそこで面倒なものと遭遇してしまう。おまけに、向こうもまた、彼らの存在に気づいてしまったのだ。




