サンパウロ会談Ⅰ
デンバー制圧から5日後。伊藤中将を筆頭とする大日本帝国代表団は、南アメリカ連邦が首都、サンパウロを訪れた。
南アメリカ連邦は、帝国が西海岸に「アメリカ連邦正統政府」を打ち立てたのとほぼ同じタイミングで成立した国家だ。即ち、まだ建国から2ヶ月程度しか経っていない。
とは言え、場当たり的に建国されたアメリカ連邦正統政府とは違い、こちらの連邦は、念入りな調整のもと万全の体制で建国された。
建国から日が浅いのとは関わりなく、既に立派な独立国家の体をなしているのがこの国である。
またこの国は、今のところ、名目上、中立を貫いている。態度がチャールズ元帥政権寄りなのは疑う余地もないが、しかし、公的には中立である以上、適切な手続きあらば、そこに入国する権利は誰もが有している。
と言うわけで、デンバーの守りは適当に任せ、伊藤中将はサンパウロにやって来た。
その目的は、少し考えればわかるだろう。南アメリカ連邦を味方に引き入れることである。
中将と対面したとは、この国の大統領、ヴァルガスである。また、新設された連邦軍の最高司令官、ボリバル元帥も側に控えている。
「さて、単刀直入にお尋ねしますが、帝国と貴国が同盟を結ぶ可能性は?」
伊藤中将は早速畳み掛けた。その態度は非常に高圧的である。しかしヴァルガス大統領の意思もまた揺らいでいない。
「端的に答えましょう。答えは、ノーです。我々は戦争には参加せず、中立を守り通すと、既に申し上げているでしょう」
「チャールズ元帥の味方、の間違いでは?」
「いえ。決して、そのようなことはありません。確かに、我々はチャールズ元帥政権とも通商を継続しています。しかし同時に大日本帝国ともだ。あなた方からすれば不愉快かも知れませんが、中立は、守られるべきなのです」
「なるほど。まあいいでしょう」
この分野に関して問い詰めるのは愚策というものだ。いくらチャールズ元帥政権を優遇していると言っても、取引先は商人の自由だと言われれば、何とも言い返せない。
伊藤中将は次の話題に移ろうと決めた。
「2月16日、我々がロッキー山脈を越えたというニュースは、まさか届いていないということはありませんね?」
「いえ。その日のうちに届きましたよ。そして、これは一人の観衆の言葉ですが、中将閣下の戦術は、大変見事でありました」
「おお、まさかお褒め下さるとは。ありがとうございます」
あれが誉められるべき戦術だったとは到底思えないし、ヴァルガス大統領もそのくらい解るだろう。何とも皮肉を効かせてくれる。
それに、わざわざこんな茶番を打つ当たり、桜花のことも伝わっていると見るべきだろう。
「さて、本題に戻りますが、我が軍は事実上、アメリカ連邦に残る全ての要衝を押さえることとなりました」
五大湖要塞は去年の戦闘で完全に破壊された。残るはアパラチア山脈要塞線くらいだが、標高2000m程度、突破は容易だ。
「確かに。しかし、ですからどうしたと言うのですか?」
「もうお分かりでしょう。既に帝国軍は米軍に対し圧倒的な優位を作り出しました。我が軍の勝利は、確実なのです」
「それを以て、我々に参戦に要請しますか」
「正解です」
実際、帝国と米連邦のどちらかが勝つかと問われれば、軍人ならば必ず前者を選ぶ。圧倒的な優位、かは怪しいが、優位は揺るがない。
「ここで参戦すれば、アメリカ連邦において一定の利権を保証しますし、無論、南アメリカ連邦は独立を保証します」
「なかなか、保証とは、確かにとてもありがたいですが……」
「気にくわないのですか。これは失礼」
ヴァルガス大統領には上から目線の提案と受け取られたらしい。これは、失言をしてしまった。伊藤中将は悔いた。
「まあいい。仮にそのような状況になったとしても、我が国を併合する意味もないでしょう。日本風に言うところで、水に流しましょう」
「それはありがたい。では、話を進めましょう」
「ええ。それがいい」
少なくとも話を聞いてくれる気はあるようだ。ひとまず、話を先に進めよう。
「もしも貴国の国益を第一に考えるのならば、我々との同盟こそ、最適な選択肢です。戦争に参加しない国と何かを分かち合うことは出来ませんが、戦友となれば話は別だ。共に戦った共とは、戦利品を分かち合いたいものです」
戦利品というのはつまり北米大陸のことである。伊藤中将は、南アメリカ連邦の参戦の見返りとして、アメリカ連邦の分割を提示して見せたのだ。




