最後の突撃
崩壊暦215年2月16日05:23
「左舷、被弾!」
「構わん!武蔵はそんなもんで壊れはしない!突撃!」
伊藤中将は荒ぶる艦橋でそう叫ぶ。帝国艦隊は、桜花によって作り出した隙に強引に突撃を仕掛けた。
今は山脈をひたすらかけ上る段階である。視界の先には綺麗に砲口を向けた米艦隊。砲撃を繰り返す。しかし帝国艦隊に恐れはないのだ。
「出羽が戦闘不能になったとのこと!」
「くそ、運が悪い」
戦艦出羽は、第四艦隊の旗艦だ。やられるとそれなりに困る。しかし、最前線にいた訳ではないのだが、運悪く被弾したようだ。
「この際、敵に向かって突撃する以外、何も考えるな!全軍、命令は、山脈の向こう側に行くことだけだ!」
この宣言を以て、伊藤中将は近代的な戦闘を放棄したのだ。今は何よりも速度が肝要であり、一刹那たりとも米軍に休む暇を与えてはならない。
しかしまた艦橋が揺れに襲われる。
「動けるか!?」
「第二主砲塔被弾!誘爆はしないとのこと!」
「問題ないな!進め!」
相変わらず武蔵は頑強だ。主砲弾を数発受けた程度では沈まない。だかそれは武蔵に限った話。他の艦はどんどん沈んでいく。
「くそ、金剛が沈んでるじゃないか……」
武蔵に旗艦を代えて良かったと喜ぶべきか、半端な感情に襲われる。とは言え、旗艦でなければ所詮はただの戦艦だ。特に何も言うことはない。
「距離、1000を切りました!」
「全艦、最後の一息だ!突っ込め!」
距離の表記からキロが消えた時点で、艦隊戦においては肉薄といっていい。双方、被弾の密度が上がっていく。
しかし数は依然として優位。こちらの損害は相手の倍以上だが、倍以上の艦を用意した以上、全然全く問題ない。
「逃げるか…砲撃は続行!この勢いのままデンバーまで突っ込むぞ!」
ここに来て米軍は敗北を認めたようだ。全速力で撤退を始めた。しかし、何隻かその場に留まるものがある。
「奪った船か。まだ操舵出来ないのか?」
「まだ出来ないとのこと」
「まあいい。避けて行け」
空中で留まられると、それなりに邪魔だ。全て帝国軍がやったこととは言え、これは少々予想外であった。
だがその時だった。武蔵艦橋から見える光景が白く塗りつぶされた。それは閃光と爆煙である。同時に艦橋が三度揺らされる。
「何だ!?」
「前方の戦艦が、爆発した模様!」
「全艦、停止!下がれ!」
米軍も最後にいい置き土産を残してくれる。戦艦を地雷にするとは。攻撃力そのものは決して高くはない。しかし、迂闊にも動けない。まきびし代わりにはちょうどいい。
しかし、その判別は極めて容易であると判明する。
「閣下、爆発した艦は、どれも、我が軍が制圧出来ていない艦です」
「わかった。よし。直ちに、制圧していない艦でここにあるもの全てを砲撃し、破壊せよ」
ここまで判ればどうということはない。危険因子は直ちに取り除かれた。
しかし結局、帝国軍は数十分もの間足止めをくらってしまった。
当然、その間、敵は射程外まで逃走してしまった。また、デンバーを守る気はないと見える。そのまま東へと消えていった。
「このままデンバーの占領に向かう。全軍前進」
後は事務作業だ。デンバーの空を艦隊が覆った。しかし問題がある。
「空港が破壊されています。これでは、艦隊を下ろせません」
「仕方ないな。郊外の耕地に着陸する。またその際、当然だが、事前に部隊を降下させ、住民を避難させよ」
同時に高射砲なども破壊されており、デンバーは軍事拠点としての機能を完全に喪失していた。とは言え、それ以上の問題が起こることはなく、一旦は平和のうちに全て終わった。
「被害は、甚大ですね」
雨宮中佐は言う。
「ああ。数的優位はギリギリと言ったところか」
撃沈された艦船は53隻。全体の1/3が失われたと言えば、その重大なのがわかるだろう。鹵獲した敵艦を加えたとしても、大損害に変わりはない。
「まあ、だいたいは修理出来るだろう」
「はい。それが唯一の幸運です」
山脈で戦った為、墜落したのは数十m程度に過ぎない。つまり、もちろん完全に木っ端微塵になった艦もあるが、多くの艦は工廠で修理の上、また戦える。
もっとも、それをサンフランシスコまで後送するのはなかなか大変だろうが。
「つまり、それまでの間ここを守り抜ければ、いよいよワシントンも見えてくる訳だ」
「はい。頑張りましょうね」
米軍の反撃も予想される。しかしそれさえ耐え抜けば、帝国軍の勝利だ。
この日、ロッキー山脈要塞は、陥落した。




