太田中尉
翌朝、艦橋にとある男が訪れた。
「帝国陸軍特命中尉、太田であります」
「おお、君が例の。まあ、よろしくな」
伊藤中将は親しげに手を差し出した。そして二人は社交的な握手を交わす。
彼の名は太田特命中尉である。そして彼は桜花の発案者であり開発者でもある。今回は、桜花初の実戦投入の視察と、開発者の視点からの助言をしにやってきた。
「で、だ。何から話そうか?」
「閣下からのご質問があれば、何でも答えます」
「質問か。まあ、強いて言えば、あのような山での運用で問題は発生しないのか、とかだな」
実際、帝都の中にある兵器試験場は、当然ながら平地にしかない。東南アジアに目を向ければ、厳しい環境下を想定した兵器試験場もあるにはあるが、桜花の秘密が漏洩するのは避けねばならなかったから、使えず終いだった。
「全く、問題ありません。桜花は、兵員投射カプセルを打ち上げることによって敵艦への侵入を図りますが、それに際し、投射角は前後45度まで自由自在に変更出来るのです」
「ほう。ならば、問題ないが、本当に上手く動作するのか?」
「適切に管理されている限りですが、九割以上が稼働することは、帝国陸軍工廠の名にかけ、保証します」
「中尉の自信を信用するとしよう」
「ありがとうございます」
些細なことだったが、太田中尉は深々と頭を下げた。何かにつけて動作が大きい男である。素直というか、そういう男であった。
「それと、山の状態も見ておいてくれ」
伊藤中将は命じて山肌の現在を見せた。すっかり焼け焦げ黒ずんだ山だ。
「これは、相当な量の油を使いましたね」
「まあな。で、どう思う?」
「桜花のベースは戦車ですこの程度の起伏なら、桜花で問題なく越えられます。しれに車体を固定するのも容易です。心配には及びません」
「了解した」
下準備は成功に終わっていたようだ。まあ戦車ならば問題ないとは分かるが、桜花でも大丈夫かと、一応確認しておいたという形だ。
「まずはこんなところだ。中尉の話はあるか」
「はい。大方、既に送ってある資料に書かれていますが、私からも申し上げたい」
「続けてくれ」
「はっ。まずは、桜花を無事に着地させるまでのお話です。簡単に言うと、桜花を切り離すのは、閣下が恐らく想像するよりも、大分後ろの方がいいです。また……」
桜花は基本的に空挺戦車的な用兵をする。その際、どこまで空で運ぼうかという話になる。自走能力の低い部隊は極限まで近寄るべきであるし、自走能力が高いならば、なるべく手前(敵から遠く)で降ろすべきである。
桜花はこの場合後者の運用が適しているという。戦車並みの機動力に加え、チャフや対空機銃(こちらは正直気休めだが)が据え付けてあるからだ。それに、制空権は帝国陸軍空戦隊が確保出来るだろうから、二重に安全である。
寧ろ空中にある方が危険ということで、一定の距離に近づいたら早いうちに投下した方が良い。
「それと、これは現地でやることですが、今回は山脈で使うということで、桜花の射出の初速を低めに抑えます。理由は簡単ですが……」
桜花は平地から行動数千mの艦隊を攻撃することをも想定している。だが、山脈の天辺から敵艦隊までの高さは、数百mしかない。そもそも高度を上げる必要がないし、あまり高く上がりすぎると酸素が薄くなり、エンジンに悪いからだ。
そこで数千m目指した勢いで桜花を放ったら、桜花とて壊れる。そこは上手く出力を調整してくれという話だが、確かに伊藤中将に直接関係はしない。
「そうですね、あとは、万一桜花が墜落しても、安全装置はしっかり付けてありますのでご安心下さいと、人間の兵士の方々には、お伝え下さい」
「了解だ。まあ、屍人については地上に放ってやることにしよう」
「それがいいでしょうね」
艦の下から侵入するというコンセプトの桜花だが、その過程はなかなか怖い。一時的には飛行艦の腹にぶら下がるだけという、不安定な格好になるからだ。
そして、今回もまた、屍人を叩き込むと同時に人間の兵士も送り込む。主に旗艦クラスのものにだが、それで以て確実に制圧する。
特に旗艦のアイオワは押さえたいところ。味方は喜ぶが、何より米軍の威厳が大きく傷付くだろう。プロパガンダとしても強力だ。
「では、これで終了です」
「そうか、ご苦労」
「では、これにて私は一度戻らせて頂きます」
「おう」
これにて太田中尉の講談は終了した。
そして桜作戦が始まるのである。
「全艦、用意よし」
「よし、全艦に告ぐ。これより、ロッキー山脈及びデンバー攻略作戦、桜作戦を開始する!」
戦争の趨勢は、今ここで決まるだろう。




