Iの力
中二病感が強いですね。
Iの力とはつまり、世界の九割を覆い尽くす屍人を操る為の装置のことだ。しかしそれが実戦に供されたことはなく、相互確証破壊的に屍人の勢力との均衡を保つ為に使われてきた。つまり、実際にそれが起動したことはない。
この際は観念したヒムラー大佐は、これに関してを洗いざらい語り尽くした。まあ、彼らも薄々は勘づいていただろう。さしたる問題ではない。
「ヒムラー大佐。それで?これを使うのは、何がいけないのかな?」
ライエン大将は言う。その程度は分かりきっているだろうに、わざとらしい。
「一度これを使えば、何が起こるかわかりません。諸国がこれを使い始めるかもしれませんし、屍人共が我々を攻撃するかもしれません」
「諸国については、これで我々が一番になるのだ。よいではないか」
「幾万の民が恐怖にうなされるとお考えか?」
「知らん。いずれにせよ、我が国が滅びれば、如何なる善行を積もうと、全く無意味ではないか?」
「いいえ。世界が地獄を見る事態は、避けねばなりません」
合衆国至上主義のライエン大将と、凡人類主義のヒムラー大佐。二人の確執ほ決定的と見える。
「閣下はどうして、それほどまでに合衆国を護持しようと考えられるのか?」
「軍人ならば当然のことであろう。国家を守ることこそ全て。その為ならば全てを捧ぐ」
「そうして地獄になる全世界には、当然、欧州合衆国も含まれておりますよ」
「まさか貴官、人類が未だに屍人に支配されると思っているのか?」
「いいえ。しかし、確実に、世界を地獄を見るでしょう」
確かに、文明が崩壊した直後、人類はただただ屍人に怯える日々を過ごしてきた。その群れでも訪れれば、拠点を放棄せざるを得なかった。
しかし今は違う。人類の軍事力ならば、屍人の殲滅も可能だろう。
だが、それで起こる最終戦争では一体何人が死ぬだろうか。お互いの生存をかけた殲滅戦争などしでかせば、人類は壊滅的な損害を出しかねない。
「合衆国が滅亡すれば、最早、私にも、貴官にも、諸君にも、存在意義はなくなる。死んだも同然だ。ならば、世界を地獄に落としてでも、合衆国を存続させるべきではないか?」
「閣下は一体何を守りたいのですか?国ですか?はたまた閣下自身ですか?」
「国だ。それは貴官も同じだろう」
「他の全ての人類と天秤にかけても、ですか?」
「ああ。そうだ」
その瞬間、ヒムラー大佐は確信した。これ以上の議論は全くの無意味であると。
「閣下と議論するのは、どうやら時間の無駄のようです。閣下のような、道徳を軽んじる方は、軍人としては相応しくない」
「ほう。ならば、大佐のような忠誠心に薄い人間は、軍人に相応しくない」
「忠誠心?アデナウアー大統領は、これを使うなと命じましたが?」
「大統領などではない。国に対する忠誠だ」
「国など所詮は人間の集まり。その意思は人間によって決定されます」
ヒムラー大佐は大将を否定して譲らない。元首の命令は国家の命令である。ライエン大将が言うところの国とは、彼自身が都合よく創り上げた幻想に過ぎない。
「かくなる上は、大佐の指揮権を剥奪させてもらおうか」
「ほう。力ずくでIの力に手を出そうと仰るか」
「そうだ。貴官がそれを持っているのだろう?」
「はて?私にはにはそんな権限はありませんが」
とぼけて見せたが、ヒムラー大佐は心中では焦っていた。そこまでバレているとなると、後は実力に訴えるしかなくなった。
「閣下、本当に、Iの力を使おうとしているのですか?」
「そうだ。最早、貴官には口答えする建言すらないがな」
ライエン大将は嗤った。
「全く、残念でなりません」
ヒムラー大佐も嗤い返した。
「何がおかしい?」
しかしその瞬間、司令部に数十人の兵士がなだれ込んで来た。そして不躾にもライエン大将に小銃を突きつける。
「何だ!?貴様ら!」
「親衛隊第四師団です。アデナウアー大統領の命を受け、Iの力が危険に晒された際は、あらゆる行動を実行する権限が与えられています」
「反逆罪で軍法会議にかけるぞ」
ライエン大将は見たこともないほどの怨嗟の声をあげた。しかしヒムラー大佐は皆目動じない。
「閣下、お忘れですか?この国の憲法では、親衛隊の最高司令官は大統領と定められています。アデナウアー大統領の命令は、閣下の命令よりも上位なのですよ」
「貴様!」
「閣下こそ、軍法会議に行ってもらうかもしれませんね」
ライエン大将は黙りこんだ。反駁する隙が見当たらなかったのだろう。理念的にも実務的にもヒムラー大佐に一切の利があったのだ。




