想定外の方面からの攻撃Ⅱ
そうして築かれた第二防衛線だが、前線からは撤退を上申する声が多数寄せられてきた。客観的に見れば負ける戦ではないにも関わらず、だ。
「閣下。向こうからの映像が中継出来ます」
「どこら辺だ?」
「中央部です」
「分かった。映せ」
どこも同じくらい激戦ではあるが、その中では若干弱いのが中央部である。それはムスペルがロンドンの外側から押し寄せたからなのだが。そう、それだけは既に判明している。
「これは……本当に出来の悪い映画を見せられているようだな」
ライエン大将は自嘲気味に言う。
立ち並ぶ大小の戦車、重厚な銃撃陣地、そして高さ数mのヒト型ロボット。実に劇的でふざけた光景だ。これが安い映画の絶望的なシーンに使われているのなら存分に評価するのだが、いかんせんこれが本物なのである。
まさか真面目に戦争をしていてこんな光景に出くわすとは、思いもしなかった。
但し、これは見た目が絶望的なだけで、実際、そう大きくは戦況に影響を及ぼしていない。あくまでも最初の一撃が最大の意味であったと言える。
「ムスペルを放っておいたのは間違いだったな、ヒムラー大佐?」
元はと言えば、ムスペルを破壊もせず輸送もせず、ただベルリンに置いてきたのはヒムラー大佐であった。
「確かに、私の考えが及びませんでした。しかし、あの状況では、ムスペルを輸送するのはもっての外、破壊すら困難でした」
「ほう、何故だ?」
「まさか全ての基地に自爆装置などついている筈がありますまい」
「別段、基地ごと破壊する必要はないではないか」
「親衛隊をごっそりロンドンに持って行ったのはどなたですかな?」
ライエン大将は言葉に詰まる。
考えてみれば、ムスペルは装甲兵器。それを完全に破壊するとなると、それなりの爆薬が必要だ。そしてそれを扱うには、それなりの軍隊が必要。しかしその軍隊はとっくのとうにベルリンを去っていた。
「私が悪いと言いたいのか?」
「誤解を恐れずに申し上げるならば、その通りです」
「ほう、言うではないか」
「しかしながら、私は決して、何もかもが閣下のせいだとは考えません。各人が最善を尽くした結果、運が悪いことにも、その行動が衝突してしまっただけなのです」
「なかなか上手く纏める奴だ」
あの状況でベルリンに艦隊を置いておくのは論外だった。それに、まさかムスペルが実戦に使われるとは、誰の思いはしなかった。この責任を負うのは誰かという問いは、愚問である。
「閣下!両翼に更なる敵援軍、ムスペルです!」
「クソ、またか」
まだまだ敵には在庫があるらしい。また都市の外壁を越えて襲い掛かってきた。
「両翼は耐えらるのか?」
「少々お待ちを」
端が破られると、そのままの勢いで全軍が瓦解する。そうなるくらいなら、全軍を更に撤退させ第三防衛線を敷くのも十分に考えられる。
「既に危機的状況にあるとのことです!」
「わかった。全軍、更に市中に後退し、新たな防衛線を築け。今の陣地は全て爆破し、指定のラインまで迅速に後退せよ。また、即応予備中隊は、全て両翼に送れ」
第二防衛線の維持は不可能だと判断した。敵には大規模なブービートラップを仕掛け、時間を稼ぎ、その間に撤退を完了させる。
またこれ以上の増援は来ないと断じ、僅かに残しておいた即応予備中隊も全て投入する。ここにあるムスペルの数が、ベルリンにあったそれに達したからだ。
皮肉にも、これまでで最大の損害を与えたのは、ここで仕掛けたトラップであった。建物ごと吹き飛ばすトラップというのも稀だが、敵がそれに怖気付いてくれて何よりである。
「しかし閣下、これ以上下がれば、市民の生活圏にも前線が入ってしまいますよ」
「なに、構わないだろう。彼らにも合衆国市民として、そのくらいの覚悟はある筈だ」
それが総力戦というものだと、ライエン大将は言う。
「しかし、軍隊とは本来、市民を守る為の銃を手に取っているのです。戦争に勝利して、国民が消失したとしたら、どうでしょうか?」
「例えが極端に過ぎる。市民全員を生贄にする筈がないだろうが」
「そのようなことは承知しています。しかしこれはアデナウアー大統領の意志でもあり、また軍人の範とするところであると確信します」
「ならば、お前の持つIの力を使えば良いのではないか?」
「どうしてそれを……」
ヒムラー大佐はその言葉に狼狽した。どうしてライエン大将がそれを知っているのか、見当がつかない。そして何より、それをただの軍人の前で口にしてはならない。
案の定、周りの人間は、困惑した顔を浮かべている。




