秘密兵器
崩壊暦215年2月7日08:12
大和の艦橋にて。ロンドン攻略が難航する中、ヘス総統からの通信がかかってきた。
「総統閣下、如何されましたか?」
ゲッベルス上級大将は言う。
「分かっているのでしょう?我々には、時間がありません」
「なるほど。このままでは、米軍が帰ってしまうと」
「その通りです」
何だかんだ言って米軍は未だに大西洋に艦隊を置いているが、それも限界が近付いてきた。
それにロンドンの戦況は大分絶望的。何かしら、これを一挙に打破する作戦が必要というのは、間違いない。
「そこで、ムスペルの投入を提案します」
「ムスペルですか。しかし、あれが市街戦で大した力を持たないというのは、200年前の戦訓ですが?」
所謂ヒト形ロボットであるムスペルだが、それは、SFやらで人々が考える程に強力ではない。特に市街戦となると、格段に弱くなる。戦車より薄い装甲と大したことない機動力など、ただの的だ。
「確かに。それは理解しています。ですが、もしも、ロンドンを背後から奇襲出来るとしたら、どうです」
「ほう……なるほど。屍人の領域を歩かせると」
「そうです。いくらロンドンでも、あらゆる家庭にミサイルが配備されている訳がないでしょう」
なるほど、ムスペルの特徴として、様々な武器をカスタマイズ出来るというのがあるが、そこに都市の外壁を越える為のワイヤーか何かを装着すれば、ロンドンのどこからでも攻撃出来る。
「タンクデサントで、まあタンクではないですが、兵士を送り込めば、なおのこと効果的です」
東條少将は言う。
「そうだな。どうも、なかなか現実的になってきた」
ゲッベルス上級大将も期待を抱き始めた。考えれば考えるほど、悪くない作戦に思えてくるのだ。だが、これでも、まだ、足りない。
「これが成功したとしましょう。しかし、それでも、ロンドンを一日にして陥落させられるとは、思えませんね」
米軍が撤退するまでの残り時間内にロンドンを攻略するのは、ムスペルを以てしても、どのみち不可能と見えた。
「それについては、こちらで話が済んでいます」
「ほう?」
聞いていないのだが。
「米軍は、チャールズ元帥は、ロンドンでの作戦が完了するまで、可能な限り派兵を続けると言明してくれました」
「おお、それはまた、吉報ですな」
どうも、なかなか土壇場の交渉の末、チャールズ元帥はこれを承認したらしい。嬉しい限りの話だが、少しは軍にも通知してくれというものだ。
「やってくれますか?」
「ええ。もちろんです。作戦に関しては、私に一任して頂けますか?」
「はい。どうぞ、あなたの思うように、作戦を進めて下さい」
「承知しました」
ヘス総統からのメッセージは以上。ヒトラー大総統の轍を踏みはしないらしい。やはり聡明な独裁者だとつくづく思わされる。
もっとも、決めるべきこともそう多くはないのだが。
まず、ムスペルは全てベルリンにある。ロンドンからはおよそ800km。往復だけで一日以上かかってしまうが、それは不可避だ。その間、ロンドン奥地へ侵攻する準備を整えておく。
上陸するのはグレートブリテン島の東の端辺りだ。そこからは屍人を薙ぎ倒しながらロンドンへ向けて進む。
「問題は、ロンドンに乗り込んでからの目標か」
「定石に従えば、司令部か政治的な要所を押さえるべきですね」
「ああ。だが……」
司令部は場所が全くわからない。
政治的な要所、イングランドの国会などがあるが、それを占領したとしても、大した意味があるとは思えない。
アデナウアー大統領を捕らえられればそれなりの効果があるだろうが、十中八九、北に逃げ延びているだろう。
畢竟、制圧すべき目標というものがない。
「そうなると、敵野戦軍の包囲殲滅を目標とすべき、ですかね」
「ああ。私もそう思う。異論は?」
異論は特になし。
目標は、沿岸部に固まってるであろう敵主力を前後から包囲し、これを殲滅するというもの。敵軍そのものを目標にするという、パラダイムの転換である。
無論、それが熾烈な殲滅戦争となるのは避けられない。しかしそれが最適解なのだ。
「よし。ムスペルを持ってくるのと、海軍の準備と、更なる橋頭堡の確保だ。全軍、速やかに行動を開始せよ」
さて、輸送艦を数隻、後方に送る。またロンドンに対しては、前線を拡大すべく、攻勢が開始された。




