ロンドン上陸作戦Ⅱ
「敵の新手を確認しました!」
「今はこの場で耐えろ!増援を待て!」
先程呼び寄せた増援部隊には、敵の側面から奇襲を掛けるように支持してある。それまでは、この場を死守するしかない。
「増援部隊、来ました!」
「よしっ!」
やっと戦局は好転の兆しを見せ始めた。増援部隊もまた、戦車を中核とする打撃群だ。完全な突破には及ばなかったが、敵からの圧力が目に見えて減じた。
「爆撃もです!」
「最高だ!」
更に混乱したところ、空からは精密爆撃。数こそ多くないが、混乱を拡大させる。
「全軍、攻勢をかけろ!今が好機だ!敵を叩け!」
そして乱れた敵を突き崩すべく、牟田口大尉は総攻撃を命じた。戦車で物理的な突撃を行い、同時に歩兵も銃を乱射しながら突撃する。
さっきまでの敵ならば、牟田口大尉の軍は軒並み機関銃で薙ぎ払われていたことだろう。だが、投射された火力は疎らなものだった。これならば、押し切れる。
「そのまま突撃せよ!」
牟田口大尉は陣頭に立って並み居る敵を次々と討った。今や敵軍は総崩れ。撤退を始めた。
「大尉殿!これ以上の深追いは危険です!」
「ああ、そう、だな」
敵の塹壕に足を踏み入れた辺りで、牟田口大尉は冷静さを取り戻す。奥には更なる敵が待ち構えていることだろう。このまま釣られて攻め込めば、飛んで火に入る夏の虫と謗られかねない。それは、御免だ。
「全軍、敵の陣地跡を利用し、防御を固めよ」
部隊は停止した。
「ひとまずは、勝利ですね」
「まあな。我々は、戦術の勝利を得た」
「そしてそれを作戦にせねばならない」
「そしてそれを戦略にせねばならない。ああ。しかし、ソ連流の理論だからな。奴らは嫌いなのかもな」
「きっとそうですよ」
牟田口大尉はあくまでも一部隊の指揮官に過ぎない。彼に作戦全体の趨勢を決める力はない。あるのはゲーリング大将である。この時、やっとまともな命令が届いた。
「全軍防御を固めよ、か。まあ同じことを考えるよな」
「ひとまずは重火器の輸送を行う、ともありますね」
「そいつは、逆に、なかったのか?」
「本当に楽勝な勝負だと思っていたんですかね」
逆撃される可能性を考慮すらしないとは。ゲーリングはド素人かと誤認せざるを得ない。牟田口大尉はまだ想定していたからいいものを、他の部隊は言わずもがな。端的に言って絶望的な状況だ。
「まあ、そもそも、指揮系統の異なった部隊を統一したかのように運用するのが間違いだったんだ」
「確かに。突撃隊と国軍と我々。酷い混成具合です」
これは政治が産んだ悪だ。本来ならば、国軍だけで上陸作戦を立案し実行すべきだったのだ。自由アフリカが加わるのまでは許せるが、突撃隊はダメだ。
党が自らの実力を誇示する為には、自らの実働部隊の活躍を見せつけるのが手っ取り早い。その我儘が通った結果、纏まりのない軍隊と会議も碌に進まない司令部が一丁出来上がりだ。
「だが、これでヨーロッパの統治が安定するならば、犠牲としては安いもの、なのか?」
「よしんばそうだったとしても、私達が対価を支払う必要は、どこにあります?」
「まあ、ないな」
前線の兵士を犠牲に将来の無数の国民の康寧を図るというのは、割合普通の思考である。国の為に殉じられて、兵士も本望だろう。そう、その国の兵士ならば。
牟田口大尉はあくまで同盟国の兵士だ。味方ではあるが、その為に命を捧げるまでの義理はない。要は、牟田口大尉の中にだんだんと怒りが蓄積してきたのである。
「ゲーリング大将に繋げ」
「はっ。了解です」
そして、慌ただしそうなゲーリング大将が応答する。
「何だね?」
「閣下。この先の計画は、ありますか?」
瞬間、ゲーリング大将は答えに窮する。
「ほう。後先考えずに突撃だけを命じてこられたか?」
「違う。今、今後について討議中だ。暫く待ってくれ」
「はあ。わかりましたよ。では失礼」
司令部は想像の数倍無能だった。牟田口大尉なら1分以内で即決することを、こうも数十分をかけて議論し、それでもなお結論が出ないのだ。
「使えなさすぎるぞ、奴らは」
「ですが、彼らの命令には、服さなければなりません」
「そんなことはわかっている」
「では、更に堅固な防御陣地を作りましょう。側面からの襲撃にも耐え得るように、とか」
牟田口大尉は取り敢えず、作業に集中することで、雑念を取り除くことにした。今の様子では、隣の管轄の部隊が全滅するのも全然あり得る。側面も防御するというのは、酷く真っ当な考えだ。
そういうことを考えるのは案外楽しい。時間はすぐに過ぎていった。
次の襲撃があるまでは。




