再決戦
そして時流るること5日。
アムステルダムには4個飛行艦隊が結集している。見渡す限り砲塔が並んでいる。空港のアスファルトは、かなり僅かな隙間から覗くのみ。やはりどう見てもアムステルダム空港のキャパシティを超えている。
またその海には20隻ばかりの駆逐艦が並んでいる。前回の失策の原因は自明だ。ならば、対潜哨戒艦を用意し、艦隊が真下を取られる事態がそもそも起こり得ないようにしてやるまでのことだ。
「リベンジマッチだ。これで負けたら、もう私はおしまいだな」
ゲッベルス上級大将は自嘲気味になって言う。
「そんな、縁起でもない。勝つのですよ、我々は」
東條少将は応える。
「そう言って負けたんだが?」
「それは、あの時は、敵軍の情報を十分に把握していなかったからです」
「まあな」
「中国に、敵を知り己を知れば百戦危うからず、と言う言葉があります。敵の手の内を読んだ今、我々の優位は揺らぎません」
現代の戦争は情報戦でもある。相手の手の内を読み、こちらは頑なに隠し通す。それが勝利を一歩近づける。特にこの時代、事実上地表の全てが海になったような特異な環境下では、数分の決断が戦争の趨勢を左右得る。
今、ヨーロッパ国軍はハバククとゼカリヤを知っている。しかし、欧州合衆国軍はこちらの奇策を知らない。これが全てだ。
「まあいい。やるしかない」
「どうか、その意気込みで」
不安など感じている場合ではない。
「では、最後に、マーシャル大将と鈴木中将に繋いでくれ」
ゲッベルス上級大将は命じた。来たる決戦に向け、彼らにも一言言っておきたいものがあるのだ。特にマーシャル大将は、陸軍が本国に帰還してもここに留まり続けると明言してくれている。恩人中の恩人である。
ゲッベルス上級大将はまず、彼らへ二つの意味の謝意を示した。一つは謝罪の意である。今回の作戦で最大の危険と隣り合わせなのは、この両海軍である。当然、失われるものはそう少なくはないだろう。このような作戦しか考え付かなかった大将自身の無能を詫びるのだ。
また次は感謝の意である。上にあるような危険を承知しながら、時国民を守る為ではなく(もっとも間接的にはその役目も果たしているが)、同盟国の為に命を張ってくれるのだ。感謝してもし切れない。
やがて通信は終わった。義理と人情は大切にするべきだろうが、今はそういう時分ではない。全艦既にエンジンを回し、今か今かと飛翔の時を待っている。
「それでは、全軍に告ぐ!これより、ロンドン攻略作戦、蒼作戦を開始する!
目標は、一に敵陸海艦隊の殲滅。二にロンドンへの上陸。三にロンドンの制圧である。
ただし、敵艦隊を殲滅してしまえば、他の目標は達成されたようなものだ。よって諸君はこの海戦に全ての力を注ぎ、勝利をむしり取って来れば良いのだ!
イングランドの歴史を見ると、それを遠征して征服したのは、ノルマン・コンクエストのギヨーム二世しかいない。
しかし、我々は、これから、二度目の征服者として名を残す!
歴史書にはこう記されることだろう。イングランドの歴史上、外国がそれを征服した例は二つしかない。一つはノルマン・コンクエストであり、もう一つはライヒのイングランド討伐である、と。
奴らに1500年ぶりの屈辱を味あわせてやろうではないか!
ライヒに反抗すればどうなるか、全ヨーロッパに知らしめてやろうではないか!
諸君には、死をも恐れない奮戦を期待する!
以上だ」
とまあ1分間スピーチを終えた後は、事務的に離陸を命じる。
ここがなかなか難しいところで、スピーチの前に離陸するのは妙であるし、かと言ってスピーチの後に離陸させようとすると、半端な間が空くのである。まあ基本的には後者を取るのが世界の流れだ。故東郷大将もそのようにしていた。
飛行する艦隊は、軍事力というものの主張、確固たる意志の具現である。
「さーて、戦争のお時間だ。全艦、速やかに散開し、横陣を取れ。また海軍は全ての行動を開始せよ」
ついに復讐の時間はやってきた。敵が見つかるまではロンドンに向けひたすら前進、海軍は少し離れた地点で待機。また飛行艦隊前方の駆逐隊は遥か先に先行している。
もちろん、陸海軍共に、件の奇策の用意は整っている。
そして、勝利を疑うことは誰にも許されない。




