艦内作戦会議Ⅰ
「なるほど……では、ハバククに浮き輪を付けるというのはどうでしょうか?」
東條少将は言う。
「ほう?」
ゲッベルス上級大将は続きを促す。
「はい。つまりは、海軍をある種のブイと捉え、これをハバククに括り付ければ良いのです」
水上艦隊を根こそぎ動員し、ハバククに鎖か何かで物理的に固定する。ここで、これら水上艦隊とハバククを同一の物体と考えると、その平均の密度が海水のそれを上回ればいいことになる。
当然ながら船を浮かんでいる、つまり密度は海水未満であるから、ハバククを沈ませないことも可能であると思われる。
「なるほど。だが、まずハバククに近づけるのか?」
ハバククの火力は非常に強大である。それは痛いくらいに(いや実際痛かった)実感させられた。
「ある程度懐に入り込めれば、先は楽ですが……」
「それがそもそも無理な話だ」
「ああ、確かに。その通りでありました」
東條少将は掴みかけた真理を見失った喪失感に見舞われた。これは考えが甘かったようだ。
「さて、どうしたものか」
ここで振り出しに戻る。そもそも接近できないとなれば、白兵戦すらさせてくれないのだ。考えれば考える程、ハバククの有能さが憎たらしい。
「いや、そうだ……我々はそもそも、近づく必要すら、ないのではありませんか?」
「今度は何だ」
「こちらの海軍の浮力でハバククを浮かべるのなら、直接触れる必要もないのです」
「大体分かった。つまりは、ワイヤーか何かで両者を結ぼうと言うのだな?」
「はい。その通りです」
流石ゲッベルス上級大将は理解が早い。
少し考えれば分かることだ。例えば水難救助をする時、我々は水中に飛び込むだろうか。無知な人はそうして死ぬ。直接触れるのは愚行だ。ましてや相手がそれを拒絶してくる我儘であると一苦労である。
しかし、知恵を持つ者はロープを投げて救い出す。その方が安全であるし効率的なのだ。
これでハバククを掬ってやろうではないか。
「悪くない。が、問題はそれをどうやってハバククに固定するかだ」
「はい。それが唯一の問題です」
どうやってワイヤーをハバククに打ち付けるのか。氷の装甲はある程度強度に劣るが、そのせいでワイヤーを綺麗に打ち込めないのだ。相当入念に固定しなければ、すぐに抜け落ちるだろう。
「これの解決は簡単だな」
「と言いますと?」
「ワイヤーを突き刺す必要はない。船底から文字通り掬ってやればいい」
ゲッベルス上級大将が言うのは、ワイヤーを海中に通し、ハバククの下に巨大な網を作って潜行を阻止するというもの。ワイヤーは超深魚雷で運べばいいし、万一露見したところで、それを断つ手段などあるまい。
「それは名案ですね」
「だろう?まあ欠陥を挙げるとすると、ワイヤーの調達が面倒臭い」
「実際、どのくらい必要なのでしょうか?」
「さあな。だが、それは大和に計算させればいいんじゃないか?」
「確かに」
そう言えば計算役の大和がいる。計算式など入力しなくても全て自動でやってくれる超有能な機械だ。案の定、彼女は数秒で結論を出した。
「ワイヤーに関してですが、強度は大して必要ではありません」
「何故だ?」
「別段、下方向の力は強くありませんから」
「なるほどな。続けてくれ」
そう一瞬で理解したのは極一部に留まるので、ここで補足をしておこう。
つまり、地球の中心方向に働く力は、ハバククに掛かる重力から浮力を減じたものであるということだ。僅かでも重力の方が強ければ船は沈む訳で、その差が大きい必要はない。実際、例え潜水艦であっても、その差は小さなものである。
「大体、そこら辺にあるワイヤーの100本もあれば、問題ないでしょう」
「おお。その程度で済むのか」
そのくらいなら明日にも用意出来る。後は魚雷の手配くらいだ。
「はい」
以前とは違い、大和は嬉しそうに返事した。
「魚雷も同数は必要だな。まあそのくらいはあるだろう」
「一応、確認はしておけばどうでしょうか?」
東條少将は言う。そしてデーニッツ将軍に問い合わせたところ、ないわけないだろと言われて追い返された。これでカードは揃った。
少なくともハバククの潜水機能は封印出来る。もっとも、それを除いたとしても、自己修復能力を除いたとしても、ハバククが規格外の戦闘能力を有していることは変わらないが。




