失意
そうして一行は満身創痍のままに帰還した。
「海軍がまだ無事なのがせめてもの救い、か」
「はい。まだ我々は十分な戦力を残しています」
陸軍とは対照的に、海軍は上手く逃げ延びていた。アメリカ連邦海軍、自由アフリカ海軍共に損害は軽微とのこと。この戦い唯一の朗報である。
「だが、海軍がいたところで何になる?」
「確かに、あれならば、体当たりで薙ぎ払われて終わりでしょう」
「ああ。勝てる気がしない」
傷が回復する、潜水する以外でも、それが1000mを超える巨軀を持つということすら大問題なのだ。戦艦同志の体当たりで戦うとは古代のやり方だが、こいつに限ってはこうした方が強い。第一の特長と併せ、正に取り付く島もない相手なのだ。
「だが、あれを撃沈しなければ、グレートブリテン島上陸は永遠に不可能だ」
「はい。それはそうなのです。ですが……」
東條少将にはこれ以上続ける言葉が浮かばなかった。
「あ、あの……」
「ん?大和?どうした?」
申し訳なさそうな大和の声が聞こえた。戦闘が終わり、会話に十分なメモリが確保されたのだろう。
「今回は、すみません……これは、私のせいです……」
「そんなことはない。あなたは良くやってくれた」
ゲッベルス上級大将は言う。
「ですが、負けたことに変わりはありません。結果が全てでしょう?」
「確かに。しかし、あれはどう足掻いても勝てなかった。どんなに優秀なAIでも、物理の法則は捻じ曲げられない」
「そ、そうですね」
「まあ、そう考え込まないで下さいね」
ゲッベルス上級大将、最後は急に軽くなった。相変わらず何が本心で何が冗談かよく分からない人だ。もっとも、機械に過ぎない大和に優しく声をかけた時点で、平均以上に善良な人間ではあろうが。
「か、閣下!敵軍から入電!」
その時、オペレーターの一人が叫んだ。
「何?映せ」
「はっ」
その言うところ「ヨーロッパを代表する唯一の政権欧州合衆国、その海軍のライエン大将が、自らの艦の名前が知られないことを悲しんでいる故、ここに記す。貴軍の右翼を襲った艦『ハバクク』、左翼を襲った艦『ゼカリヤ』」。
「ちっ。やかましい奴らだ」
流石は三枚舌と紳士精神で名高いグレートブリテン島。ジョークのセンスも一流らしい。ここまでされると逆に怒りも消えるのだが。
「今すぐ沈めてやりたいが、それが出来ない悔しさがな……」
「閣下、本当に沈める必要があるのですかな?」
近衛大佐は言う。
「どういうことだ?」
「いや、簡単な話で、あれを奪ってしまえばいい」
「ほう。先の五大湖の戦いのようにか」
「まあ、あの時とはまた状況が違いますがな」
五大湖で帝国軍が披露した、相手の水上要塞に地上部隊を無理矢理送り込む方法。確かにこれは成功し、要塞はいとも簡単に攻略された。近衛大佐の言うところも一理ある。
「このハバククは水に潜ることも出来る変態だ。例えそういう風に陸軍を送り込んだとしても、海中に逃げられればどうにもならないだろ」
いずれの手段でも、ハバククが海中に逃げれば、その中に侵入するのは不可能だ。また一般的な潜水艦にもこんな芸当は不可能である。
「つまり我々はハバククを沈ませない方法を模索すべきでしょうな」
「沈ませない方法?なるほど、そう考えたことはなかった」
普段は船を沈めることしか眼中にないゲッベルス上級大将には新鮮な言葉であった。ハバククを沈ませない、それが達成出来れば勝利が一気に近づいてくる。
「だが、思いつかん」
「私も、言ってみただけで案はありませんよ」
「そうなのか……」
これはなかなかの難問だ。沈ませないとはどうすればいいのだ。ゲッベルス上級大将は破壊しか知らない。それ即ち、ハバククを沈めることである。まあ、それすらも叶わないのだが。
「どうしたものか……」
ゲッベルス上級大将はすっかり頭を抱え込んでしまった。
こんなこと、想定外中の想定外だ。歴史上、かつて極少数の新兵器が戦局を覆したことなどなかった。それが戦争というものだった筈だ。
しかし、今ここに佇む困難は、その例外そのものであるのだ。




